墨子 / 兼愛中
是故子墨子言曰:今天下之君子,中實欲天下之士富,而惡其貧;欲天下之治,而惡其亂,當兼相愛、交相利。此聖王之法,天下之治道也,不可不務為也。
新字:是故子墨子言曰:今天下之君子,中実欲天下之士富,而悪其貧;欲天下之治,而悪其乱,当兼相愛、交相利。此聖王之法,天下之治道也,不可不務為也。
書き下し
是の故に子墨子言いて曰く、今、天下の君子、中實に天下の士の富むを欲して、其の貧しきを惡み、天下の治まるを欲して、其の亂るるを惡まば、當に兼ねて相い愛し、交ごも相い利すべし。此れ聖王の法、天下の治道なり。務めて為さざる可からざるなり。
現代語訳
だから墨子が言った。いま天下の君子が、本心から天下の士が富むことを望んでその貧しさを憎み、天下が治まることを望んでその乱れを憎むなら、兼ねて互いに愛し交わって互いに利するべきである。これが聖王の法であり、天下を治める道である。努めて行わないわけにいかない。
解説
兼愛中篇の結びです。前提として置かれるのは「中實欲」——本心から望むなら、という条件です。望むと言いながら手段を採らない状態を、この一語が突いています。目的と手段の整合を確認するのが墨子の一貫した進め方で、尚賢篇の書き出し(望んだのと逆の結果が出ている)から、ここまで同じ問いが続いています。望むかどうかではなく、望みに見合う手を採っているかどうかが問われます。
この章句が説くこと
目的と手段整合兼愛本心聖王の法
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公十六年 桑山の木を斬る九月、大いに雩す。旱すればなり。鄭大いに旱す。屠擊・祝款・竪柎をして桑山に事有らしむ。其の木を斬りて雨ふらず。子產曰く、「山に事有るは、山林を蓺(やしな)ふなり。而るに其の木を斬る、其の罪大なり」と。之が官邑を奪ふ。冬、十月、季平子晉に如き、昭公を葬る。平子曰く、「子服回の言猶ほ信なり。子服氏子有るかな」と。
-
呂氏春秋・功名③缶醯黃なれば、蚋之に聚まる。酸あればなり。徒に水なれば則ち必ず不可なり。貍を以て鼠を致し、冰を以て蠅を致すは、工と雖も能わず。茹魚を以て蠅を去らんとすれば、蠅愈々至り、禁ず可からず。之を致すの道を以て之を去らんとすればなり。桀・紂は之を去るの道を以て之を致さんとす。罰重くすと雖も、刑嚴にすと雖も、何ぞ益せん。
-
言志四録・言志録 第十三条 学を為す、故に書を読む学を為す、故に書を読む。
-
史記 孫子呉起列伝呉起は、衛人なり、兵を用ゐるを好む。嘗て曾子に学び、魯の君に事ふ。斉人、魯を攻む。魯、呉起を将とせんと欲す。呉起、斉の女を取りて妻と為す、而して魯之を疑ふ。呉起是に於いて名を就さんと欲し、遂に其の妻を殺して以て斉に与せざるを明らかにす。魯卒に以て将と為す。将として斉を攻め、大いに之を破る。
-
戦国策・魏王欲攻邯鄲魏王邯鄲を攻めんと欲す。季梁之を聞き、中道にして反り、衣焦げて申べず、頭塵ついて去らず、往きて王に見えて曰く、「今者、臣来たるに、人を大行に見る、方に北面して其の駕を持し、臣に告げて曰く、『我楚に之かんと欲す』と。臣曰く、『君楚に之くに、将た奚為れぞ北面する』と。曰く、『吾が馬良し』と。臣曰く、『馬良しと雖も、此れ楚の路に非ず』と。曰く、『吾が用多し』と。臣曰く、『用多しと雖も、此れ楚の路に非ず』と。曰く、『吾が御者善し』と。此の数者愈々善くして、楚を離るること愈々遠きのみ。今、王動もすれば覇王を成さんと欲し、挙げて天下に信ぜられんと欲す。王国の大、兵の精鋭を恃みて邯鄲を攻め、以て地を広め名を尊くせんとすれば、王の動くこと愈々数々にして、王を離るること愈々遠きのみ。猶お楚に至らんとして北行くがごとし。」
-
戦国策・或謂韓相國或るひと韓の相國に謂いて曰く、「人の扁鵲を善くする所以の者は、臃腫有ればなり。扁鵲を善くせしめて臃腫無からしめば、則ち人之を為す莫し。今君事うる所を以て平原君に善くするは、秦に惡まるる為なり。而して平原君に善くするは乃ち秦に惡まるる所以なり。願わくは君之を熟計せよ。」

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る