墨子 / 兼愛中
古者禹治天下,西為西河、漁竇,以泄渠、孫、皇之水。北為防、原、注后之邸、嘑池之竇,洒為底柱,鑿為龍門,以利燕代胡貉與西河之民。東為漏之陸,防盖諸之澤,灑為九澮,以楗東土之水,以利冀州之民。南為江、漢、淮、汝,東流之,注五湖之處,以利楚、荆越與南夷之民。此言禹之事,吾今行兼矣。
新字:古者禹治天下,西為西河、漁竇,以泄渠、孫、皇之水。北為防、原、注后之邸、嘑池之竇,洒為底柱,鑿為竜門,以利燕代胡貉与西河之民。東為漏之陸,防盖諸之沢,灑為九澮,以楗東土之水,以利冀州之民。南為江、漢、淮、汝,東流之,注五湖之処,以利楚、荆越与南夷之民。此言禹之事,吾今行兼矣。
書き下し
古者、禹の天下を治むるや、西には西河・漁竇を為り、以て渠・孫・皇の水を泄す。北には防・原・注后の邸、嘑池の竇を為り、洒ぎて底柱と為し、鑿ちて龍門と為し、以て燕・代・胡貉と西河の民を利す。東には漏の陸を為り、盖諸の澤を防ぎ、灑ぎて九澮と為し、以て東土の水を楗ぎ、以て冀州の民を利す。南には江・漢・淮・汝を為り、東に之を流し、五湖の處に注ぎ、以て楚・荆・越と南夷の民を利す。此れ禹の事を言う。吾れ今、兼を行わん。
現代語訳
むかし禹が天下を治めたとき、西では西河と漁竇を造って渠・孫・皇の水を流し出した。北では防・原・注后の堤と嘑池の水路を造り、注いで底柱とし、掘って龍門とし、燕・代・胡貉と西河の民を利した。東では漏の陸地を造り、蓋諸の沢をせき止め、注いで九つの水路とし、東の土地の水を導いて冀州の民を利した。南では長江・漢水・淮水・汝水を通し、東へ流して五つの湖に注がせ、楚・荊・越と南方の異民族の民を利した。これは禹のなしたことを述べている。私は今、兼を行おうというのだ。
解説
兼愛が実行された証拠として、まず禹の治水を挙げます。方角を四つ並べ、それぞれ受益した民の名を挙げる。燕・代・胡貉や南夷といった、中原から見れば異民族の名が入っているのが要点です。分け隔てなく利したことが、事業の受益者リストという形で示されている。理念の宣言ではなく、誰に届いたかで兼を測るという実証の姿勢がここにあります。
この章句が説くこと
治水受益者分け隔て実証禹
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『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
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『墨子』兼愛中昔者、文王の西土を治むるや、日の若く月の若く、乍ち四方に光り、西土に于てす。大國を為して小國を侮らず、衆庶を為して鰥寡を侮らず、暴勢を為して穡人の黍稷狗彘を奪わず。天、屑みて文王の慈を臨む。是を以て老いて子無き者は、其の夀を終うるを得る所有り、獨りにして兄弟無き者は、生人の間に雜わる所有り、少くして其の父母を失う者は、放依して長ずる所有り。此れ文王の事なれば、則ち吾れ今、兼を行わん。昔者、武王、將に泰山に事えんとし、隧む。傳に曰く、「泰山よ、道有る曽孫周王、事有り。大事既に獲て、仁人尚く作り、以て商夏蠻夷醜貉を祗む。周親有りと雖も、仁人に若かず。萬方に罪有らば、維れ予れ一人」と。此れ武王の事を言う。吾れ今、兼を行わん。
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呂氏春秋・愛類③聖王・通士、民を利するに出でざる者、有ること無し。昔上古、龍門未だ開かず、呂梁未だ發せず。河、孟門を出で、大いに溢れて逆流し、丘陵沃衍、平原高阜、有ること無く、盡く皆之を滅ぼす。名づけて鴻水と曰う。禹、是に於て河を疏し江を決し、彭蠡の障を為り、東土を乾かし、活かす所の者千八百國。此れ禹の功なり。勤勞して民の為にすること、禹より苦しめる者無し。
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説苑・君道河間献王曰く、「禹称すらく、民食無ければ則ち我使う能わず、功成りて人に利あらざれば則ち我勧むる能わずと。故に河を疏して以て之を導き、江を鑿ちて九派に通じ、五湖を灑ぎて東海を定む。民も亦た労せり、然れども怨みざる者は、利の民に帰すればなり」と。
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『墨子』兼愛下且つ惟だ禹誓のみ然りと為すにあらず、湯説と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。湯曰く、「惟れ予れ小子履、敢えて𤣥牡を用い、上天后に告ぐ。今、天、大いに旱す。即ち朕が身履に當たる。未だ上下に罪を得るを知らず。善有るも敢えて蔽わず、罪有るも敢えて赦さず、簡ぶは帝の心に在り。萬方に罪有らば、即ち朕が身に當たれ。朕が身に罪有らば、萬方に及ぶ無かれ」と。即ち此れ湯の貴きこと天子と為り、富は天下を有ちながら、然も且つ身を以て犧牲と為し、以て上帝鬼神に祠説するを憚らざるを言う。即ち此れ湯の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、湯に於て法を取れり。
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『墨子』兼愛下且つ鄉に吾が本と言えらく、仁人の事は、必ず務めて天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むと。今、吾れ兼の天下の大利を生ずる所を本原し、吾れ别の天下の大害を生ずる所を本原せり。是の故に子墨子曰く、别は非にして兼は是なる者は、若の方より出づるなり。今、吾れ將に正しく天下の利を興すを求めて之を取らんとし、兼を以て正と為す。是を以て聰き耳、明るき目、相い為に視聴せんか。是を以て股肱の勇强、相い為に動宰せんか。而して道有れば肆に相い教誨せん。是を以て老いて妻子無き者は、侍養して以て其の夀を終うる所有り、幼弱孤童の父母無き者は、放依して以て其の身を長ずる所有り。今、唯だ兼を以て正と為す毋くんば、即ち其の利の若きなり。識らず、天下の士の皆な兼を聞きて非とする所以の者は、其の故、何ぞや。