呂氏春秋 / 愛類③
聖王通士不出於利民者無有。昔上古龍門未開,呂梁未發,河出孟門,大溢逆流,無有丘陵沃衍、平原高阜,盡皆滅之,名曰鴻水。禹於是疏河決江,為彭蠡之障,乾東土,所活者千八百國,此禹之功也。勤勞為民,無苦乎禹者矣。
新字:聖王通士不出於利民者無有。昔上古竜門未開,呂梁未発,河出孟門,大溢逆流,無有丘陵沃衍、平原高阜,尽皆滅之,名曰鴻水。禹於是疏河決江,為彭蠡之障,乾東土,所活者千八百国,此禹之功也。勤労為民,無苦乎禹者矣。
書き下し
聖王・通士、民を利するに出でざる者、有ること無し。昔上古、龍門未だ開かず、呂梁未だ發せず。河、孟門を出で、大いに溢れて逆流し、丘陵沃衍、平原高阜、有ること無く、盡く皆之を滅ぼす。名づけて鴻水と曰う。禹、是に於て河を疏し江を決し、彭蠡の障を為り、東土を乾かし、活かす所の者千八百國。此れ禹の功なり。勤勞して民の為にすること、禹より苦しめる者無し。
現代語訳
聖王や物事の道理に通じた賢者で、民を利することから外れた者はいない。昔、上古の時代、龍門はまだ開かれず、呂梁もまだ切り開かれていなかった。黄河は孟門から流れ出て大いにあふれ逆流し、丘陵も肥沃な平地も平原も高台もなく、ことごとく水没した。これを鴻水(大洪水)と呼ぶ。禹はそこで黄河を疏通させ長江を切り開き、彭蠡(の水をせき止める)堤を築き、東方の地を乾かし、救った国は千八百に及んだ。これが禹の功績である。民のために苦労したことで、禹ほど身を苦しめた者はいない。
解説
聖王・賢者はみな民を利する存在だと述べ、その典型として禹の治水を挙げます。上古、黄河が氾濫して大地が水没する大洪水(鴻水)が起きました。禹は河や長江を疏通させ堤を築いて東方の地を乾かし、千八百もの国を救います。誰よりも身を苦しめて民のために尽くした、と称えられます。指導者の価値は、民の害を除き利をもたらすことにある——前段の主張を、伝説的な治水事業で裏づけます。困難な公共の課題に率先して身を投じる姿は、現代の危機対応やリーダーの献身にも通じる理想像です。
この章句が説くこと
禹治水鴻水竜門愛類民の利
関連する章句
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説苑・君道河間献王曰く、「禹称すらく、民食無ければ則ち我使う能わず、功成りて人に利あらざれば則ち我勧むる能わずと。故に河を疏して以て之を導き、江を鑿ちて九派に通じ、五湖を灑ぎて東海を定む。民も亦た労せり、然れども怨みざる者は、利の民に帰すればなり」と。
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呂氏春秋・古樂⑩禹立ちて、天下に勤勞し、日夜懈らず、大川を通じ、壅塞を決し、龍門を鑿ち、降いに漻水を通じて以て河に導き、三江五湖を疏して、之を東海に注ぎ、以て黔首を利す。是に於て皋陶に命じて夏籥九成を作為せしめ、以て其の功を昭らかにす。
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呂氏春秋・愛類①他物に仁にして、人に仁ならざれば、仁を為すを得ず。他物に仁ならざるも、獨り人に仁なれば、猶若ほ仁と為す。仁なる者は、其の類に仁なる者なればなり。故に仁人の民に於けるや、以て之に便す可ければ、行わざる無きなり。神農の教えに曰く、「士に當年にして耕さざる者有れば、則ち天下其の饑を受くること或らん。女に當年にして績がざる者有れば、則ち天下其の寒さを受くること或らん。」故に身親ら耕し、妻親ら績ぐは、民の利を致すを見す所以なり。賢人の海內の路を遠しとせずして、時に王公の朝に往来するは、以て利を要むるに非ざるなり。民を以て務と為すが故なり。人主能く民を以て務と為す者有れば、則ち天下之に歸せん。王なる者は、堅甲利兵・選卒練士を必とするに非ざるなり、人の城郭を隳ち、人の士民を殺すことを必とするに非ざるなり。上世の王たる者衆く、而して事皆同じからざるも、其の世の急に當り、民の利を憂い、民の害を除くは同じ。
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呂氏春秋・樂成②禹の江水を決するや、民瓦礫を聚む。事已に成り、功已に立ち、萬世の利と為る。禹の見る所の者遠し、而して民之を知る莫し。故に民は與に化を慮り始めを舉ぐ可からず。而して以て成功を樂しむ可し。
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史記 夏本紀禹先人の父鯀の功の成らずして誅を受くるを傷み、乃ち身を労し思ひを焦がし、外に居ること十三年、家門を過ぐるも敢へて入らず。衣食を薄くし、鬼神に孝を致す。宮室を卑くし、費を溝淢に致す。食少なければ、有餘を調へて相給し、以て諸侯を均しくす。
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呂氏春秋・用民④禹の時に當りて、天下に萬國あり。湯に至りて三千餘國あり。今存する者無きは、皆其の民を用うること能わざればなり。民の用いられざるは、賞罰充たらざればなり。湯・武は夏・商の民に因れり。之を用うる所以を得たればなり。管・商も亦た齊・秦の民に因れり。之を用うる所以を得たればなり。民の用いらるるや故有り。其の故を得れば、民用いられざる所無し。民を用うるには紀有り、綱有り。壹たび其の紀を引けば、萬目皆起こり、壹たび其の綱を引けば、萬目皆張る。民の紀綱為る者は何ぞや。欲なり、惡なり。何をか欲し、何をか惡む。榮利を欲し、辱害を惡む。辱害は罰の充を為す所以なり。榮利は賞の實を為す所以なり。賞罰皆充實有れば、則ち民用いられざる無し。