墨子 / 兼愛上
故聖人以治天下為事者,惡得不禁惡而勸愛?故天下兼相愛則治,相惡則亂。故子墨子曰不可以不勸愛人者,此也。
新字:故聖人以治天下為事者,悪得不禁悪而勧愛?故天下兼相愛則治,相悪則乱。故子墨子曰不可以不勧愛人者,此也。
書き下し
故に聖人の天下を治むるを以て事と為す者は、惡くんぞ惡を禁じて愛を勸めざるを得んや。故に天下、兼ねて相い愛すれば則ち治まり、相い惡めば則ち亂る。故に子墨子曰く、人を愛するを勸めざる可からずとは、此れなり。
現代語訳
だから聖人で天下を治めることを仕事とする者は、どうして憎しみを禁じて愛を勧めずにいられようか。だから天下は兼ねて互いに愛せば治まり、互いに憎めば乱れる。だから墨子が言った、人を愛することを勧めないわけにいかないとは、このことである。
解説
兼愛上篇の結びです。「禁惡而勸愛」——憎しみを禁じ、愛を勧める。統治の仕事を二語にまとめてしまいます。注意したいのは「勸」の字で、命令ではなく勧奨です。愛は強制できないが勧めることはできる、という区別が動詞に表れている。上に立つ者にできるのは、人が互いに損ない合わずに済む条件を整え、そちらに向かうよう仕向けることまでだ、という現実的な線引きです。
この章句が説くこと
勧める禁じる愛統治線引き
関連する章句
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論語・憲問篇子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
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『斉家論』上衣服は綾羅にあらざれども、和暖なれば便よし。飲食は珍しき饈にあらざれども、一度飽けば便よしといふ。又論語にも、君子は食飽くことを求むることなく、居安からんことを求むることなしとのたまへり。此の味を知らるべし。扨て妻子や家内の者にあらそひ、思ふやうにさせざるを不便の事なりといふ。これ大いにあやまてり。汝いふごとく、家内の者は我が民なり。我が民ゆへ真実に愛する也。愛する故に争ふことを喩へていはば、吾が子に灸する如し。逃げまはるをだましとらへて灸すれば、跳ねつはねつ反りかへり、ああ熱や、最早悪事しますまい、父様母様、堪忍して下さりませと泣きさけぶ。親は涙を流し、歯をくいしばつても灸する也。是もあらそひに似たれども、

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