墨子 / 尚同下
故古之聖王治天下也,其所差論,以自左右羽翼者皆良,外為之人,助之視聴者衆。故與人謀事,先人得之;與人舉事,先人成之;光譽令問先人發之。唯信身而從事,故利若此。古者有語焉,曰:「一目之視也,不若二目之視也。一耳之聴也,不若二耳之聴也。一手之操也,不若二手之彊也。」夫唯能信身而從事,故利若此。
新字:故古之聖王治天下也,其所差論,以自左右羽翼者皆良,外為之人,助之視聴者衆。故与人謀事,先人得之;与人舉事,先人成之;光誉令問先人発之。唯信身而従事,故利若此。古者有語焉,曰:「一目之視也,不若二目之視也。一耳之聴也,不若二耳之聴也。一手之操也,不若二手之彊也。」夫唯能信身而従事,故利若此。
書き下し
故に古の聖王の天下を治むるや、其の差論して、以て自ら左右羽翼とする所の者は皆な良し。外に之が人と為りて、之を視聴するを助くる者衆し。故に人と事を謀れば、人に先んじて之を得、人と事を舉ぐれば、人に先んじて之を成し、光譽令問も人に先んじて之を發す。唯だ身を信じて事に從う、故に利、此くの若し。古者、語有り、曰く、「一目の視るや、二目の視るに若かず。一耳の聴くや、二耳の聴くに若かず。一手の操るや、二手の彊きに若かず」と。夫れ唯だ能く身を信じて事に從う、故に利、此くの若し。
現代語訳
だから昔の聖王が天下を治めたとき、選び分けて自分の左右の翼としたのはみな良い人材だった。外にあってその人となり、見聞きを助ける者が多かった。だから人と事を謀れば人より先に得られ、人と事を起こせば人より先に成し遂げ、輝かしい評判や良い評価も人より先に生まれた。ただ身を信じて事に当たった。だから利がこのようであった。昔からこういう言葉がある。「一つの目で見るのは、二つの目で見るには及ばない。一つの耳で聞くのは、二つの耳で聞くには及ばない。一つの手で操るのは、二つの手の強さには及ばない」。ただ身を信じて事に当たれる、だから利がこのようであった。
解説
「一目之視也、不若二目之視也」——古いことわざの引用ですが、尚同篇の主題をこれ以上なく簡潔に表しています。目も耳も手も、数が増えれば能力が上がる。個人の優秀さではなく、助ける人の数で組織の能力を測る発想です。前段の「助之視聴者衆、則其所聞見者逺矣」と対になっていて、規模の効果を人体の比喩で説明しています。
この章句が説くこと
複数目と耳集合知助ける能力
関連する章句
-
十七条憲法 第十七条夫(そ)れ事(こと)は独断(どくだん)すべからず。必ず衆(しゅう)と与(とも)に宜(よろ)しく論(ろん)ずべし。少事(しょうじ)は是(こ)れ軽(かろ)し、必ずしも衆(しゅう)とすべからず。唯(た)だ大事(だいじ)を論ずるに逮(およ)びては、若(も)し失(あやまち)有らんことを疑(うた)う。故(ゆえ)に衆と相(あい)辨(わきま)うれば、辞(こと)則(すなわ)ち理(ことわり)を得(う)。
-
論語・衛霊公篇子曰く、『君子は能無きを病む。人の己を知らざるを病まず。』
-
論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
-
論語・里仁篇子曰わく、位無きを患えず、立つ所以を患う。己を知る莫きを患えず、知らるべきを為すを求む。
-
『韓非子』難勢第四十夫れ良馬固車も、臧獲をして之を御せしむれば、則ち人の笑いと為らんも、王良之を御せば、日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり。或いは千里に至り、或いは人の笑いと為るは、則ち巧拙相去ること遠ければなり。
-
論語・衛霊公篇子曰く、知之に及ぶも、仁之を守ること能わざれば、之を得と雖も、必ず之を失う。知之に及び、仁能く之を守るも、荘以て之に蒞まざれば、則ち民敬せず。知之に及び、仁能く之を守り、荘以て之に蒞むも、之を動かすに礼を以てせざれば、未だ善からざるなり。