墨子 / 尚同中
明乎民之無正長以一同天下之義,而天下亂也,是故選擇天下賢良聖知辯慧之人,立以為天子,使從事乎一同天下之義。天子既已立矣,以為唯其耳目之近不能獨一同天下之義,是故選擇天下贊閲賢良聖知辯慧之人,置以為三公,與從事乎一同天下之義。天子三公既已立矣,以為天下博大,山林逺土之民不可得而一也,是故靡分天下,設以為萬諸侯國君,使從事乎一同其國之義。國君既已立矣,又以為唯其耳目之近不能一同其國之義,是故擇其國之賢者,置以為左右將軍大夫,以逺至乎鄉里之長,與從事乎一同其國之義。
新字:明乎民之無正長以一同天下之義,而天下乱也,是故選択天下賢良聖知弁慧之人,立以為天子,使従事乎一同天下之義。天子既已立矣,以為唯其耳目之近不能独一同天下之義,是故選択天下賛閲賢良聖知弁慧之人,置以為三公,与従事乎一同天下之義。天子三公既已立矣,以為天下博大,山林遠土之民不可得而一也,是故靡分天下,設以為万諸侯国君,使従事乎一同其国之義。国君既已立矣,又以為唯其耳目之近不能一同其国之義,是故択其国之賢者,置以為左右将軍大夫,以遠至乎郷里之長,与従事乎一同其国之義。
書き下し
民に正長の以て天下の義を一同する無くして、天下亂るるを明らかにす。是の故に天下の賢良聖知辯慧の人を選擇し、立てて以て天子と為し、天下の義を一同するに從事せしむ。天子既已に立ちて、唯だ其の耳目の近きのみにては獨り天下の義を一同する能わずと為す。是の故に天下の贊閲賢良聖知辯慧の人を選擇し、置きて以て三公と為し、與に天下の義を一同するに從事せしむ。天子・三公、既已に立ちて、天下は博大にして、山林逺土の民は得て一にす可からずと為す。是の故に天下を靡分し、設けて以て萬の諸侯國君と為し、其の國の義を一同するに從事せしむ。國君既已に立ちて、又た唯だ其の耳目の近きのみにては其の國の義を一同する能わずと為す。是の故に其の國の賢者を擇び、置きて以て左右の將軍大夫と為し、以て逺くは鄉里の長に至るまで、與に其の國の義を一同するに從事せしむ。
現代語訳
民に、天下の義を一つに揃える長がいなければ天下は乱れる。だから天下の賢良で聖知に富み弁の立つ人を選び、立てて天子とし、天下の義を一つに揃える仕事に当たらせた。天子が立ってなお、自分の耳目が届く範囲だけでは一人で天下の義を揃えられないとして、天下の見識ある賢良で聖知に富み弁の立つ人を選び、置いて三公とし、共に天下の義を揃える仕事に当たらせた。天子と三公が立ってなお、天下は広大で山林や遠方の民は一つにできないとして、天下を分けて万の諸侯・国君を設け、その国の義を揃える仕事に当たらせた。国君が立ってなお、自分の耳目が届く範囲だけではその国の義を揃えられないとして、その国の賢者を選び、置いて左右の将軍・大夫とし、遠くは郷や里の長に至るまで、共にその国の義を揃える仕事に当たらせた。
解説
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