墨子 / 尚賢下
是故昔者堯有舜,舜有禹,禹有臯陶,湯有小臣,武王有閎夭、泰顛、南宫括、散宜生,得此不勸譽且今天下之,王公大人士君子中實將欲為仁義求為士上欲中聖王之道下欲中國家百姓之利而天下和,庶民阜,是以近者安之,逺者歸之。日月之所照,舟車之所及,雨露之所漸,粒食之所養,故尚賢之為説,而不可不察此者也。尚賢者,天鬼百姓之利,而政事之本也。」
新字:是故昔者堯有舜,舜有禹,禹有臯陶,湯有小臣,武王有閎夭、泰顛、南宫括、散宜生,得此不勧誉且今天下之,王公大人士君子中実将欲為仁義求為士上欲中聖王之道下欲中国家百姓之利而天下和,庶民阜,是以近者安之,遠者帰之。日月之所照,舟車之所及,雨露之所漸,粒食之所養,故尚賢之為説,而不可不察此者也。尚賢者,天鬼百姓之利,而政事之本也。」
書き下し
是の故に昔者、堯に舜有り、舜に禹有り、禹に臯陶有り、湯に小臣有り、武王に閎夭・泰顛・南宫括・散宜生有り。此を得て勸譽せざるは、且つ今、天下の王公大人・士君子、中實に將に仁義を為し士たるを求めんと欲し、上は聖王の道に中らんと欲し、下は國家百姓の利に中らんと欲すればなり。而して天下和し、庶民阜んなり。是を以て近き者は之に安んじ、逺き者は之に歸す。日月の照らす所、舟車の及ぶ所、雨露の漸す所、粒食の養う所なり。故に尚賢の説為るや、此を察せざる可からざる者なり。尚賢なる者は、天鬼百姓の利にして、政事の本なり。
現代語訳
だから昔、堯には舜がおり、舜には禹がおり、禹には皋陶がおり、湯には小臣がおり、武王には閎夭・泰顛・南宮括・散宜生がいた。こうした人を得ながら励まし褒めることをしないのは、いま天下の王公大人や士君子が、本心から仁義を行い士であろうとし、上は聖王の道に適い、下は国家と百姓の利に適おうとしているからにほかならない。そうして天下は和し、民は豊かになる。だから近くの者は安んじ、遠くの者は帰服する。日月の照らすところ、舟車の及ぶところ、雨露の潤すところ、穀物の養うところまで及ぶ。だから尚賢という説は、見きわめないわけにいかないものである。賢を尊ぶことは、天と鬼神と百姓の利であり、政事の根本である。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚賢中故に古者、聖王は唯だ能く審らかに尚賢使能を以て政を為し、異物の雜わること無し。天下皆な其の列を得たり。古者、舜は歴山に耕し、河濵に陶し、雷澤に漁す。堯、之を服澤の陽に得て、舉げて以て天子と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。伊摯は、有莘氏の女の私臣にして、親ら庖人と為る。湯、之を得て、舉げて以て己が相と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。傅説は褐を被て索を帯び、傅巖に庸築す。武丁、之を得て、舉げて以て三公と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。此れ何の故に始めは賤しくして卒に貴く、始めは貧しくして卒に富めるや。則ち王公大人、尚賢使能を以て政を為すに明らかなればなり。是を以て民に、饑えて食を得ざる、寒くして衣を得ざる、勞れて息うを得ざる、亂れて治むるを得ざる者無し。故に古の聖王は審らかに尚賢使能を以て政を為して、法を天に取る。天と雖も亦た貧富貴賤・逺邇親疎を辯たず、賢者は舉げて之を尚び、不肖者は抑えて之を廢す。
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『墨子』尚賢上故に古者、堯は舜を服澤の陽に舉げ、之に政を授けて、天下平らかなり。禹は益を隂方の中に舉げ、之に政を授けて、九州成る。湯は伊尹を庖厨の中に舉げ、之に政を授けて、其の謀得たり。文王は閎夭・泰顛を罝罔の中に舉げ、之に政を授けて、西土服す。故に是の時に當たりて、厚祿尊位の臣に在りと雖も、敬い懼れて施さざる莫く、農と工肆の人に在りと雖も、競い勸みて意を尚ばざる莫し。故に士なる者は、輔相承嗣を為す所以なり。故に士を得れば則ち謀困しまず、體勞れず、名立ちて功業彰れて惡生ぜず。則ち士を得るに由るなり。
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『墨子』尚賢下是の故に古の聖王の天下を治むるや、其の富ます所、其の貴くする所は、未だ必ずしも王公大人の骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者ならざるなり。是の故に昔者、舜は歴山に耕し、河瀕に陶し、雷澤に漁し、常陽に灰す。堯、之を服澤の陽に得て、立てて天子と為し、天下の政に接して天下の民を治めしむ。昔、伊尹は莘氏の女の師僕と為り、庖人と為らしめらる。湯、得て之を舉げ、立てて三公と為し、天下の政に接して天下の民を治めしむ。昔者、傅説は北海の洲、圜土の上に居り、褐を衣、索を帯び、傅巖の城に庸築す。武丁、得て之を舉げ、立てて三公と為し、之をして天下の政に接して天下の民を治めしむ。是の故に昔者、堯の舜を舉ぐるや、湯の伊尹を舉ぐるや、武丁の傅説を舉ぐるや、豈に骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者を以て為さんや。唯だ其の言に法り、其の謀を用い、其の道を行い、上は以て天を利す可く、中は以て鬼を利す可く、下は以て人を利す可し。是の故に推して之を上せるなり。
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『墨子』尚賢中然らば則ち富貴にして賢を為し、以て其の賞を得たる者は誰ぞや。曰く、昔者の三代の聖王、堯舜禹湯文武の若き者是れなり。其の賞を得たる所以は何ぞや。曰く、其の天下に政を為すや、兼ねて之を愛し、從いて之を利し、又た天下の萬民を率いて以て天を尚び尊び鬼に事え、萬民を愛し利す。是の故に天鬼、之を賞し、立てて天子と為し、以て民の父母と為す。萬民、從いて之を譽めて聖王と曰い、今に至るまで已まず。則ち此れ富貴にして賢を為し、以て其の賞を得たる者なり。
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『墨子』尚賢下古者、聖王、既に尚賢を審らかにして以て政を為さんと欲す。故に之を竹帛に書し、之を槃盂に琢み、傳えて以て後世の子孫に遺す。先王の書、呂刑の書に於て然り。王曰く、「於、來れ、國を有ち土を有つ者よ、女に訟刑を告げん。今に在りて百姓を安んずるに、女、何ぞ人を擇ぶを言い、何ぞ敬みて刑せざる、何ぞ度りて及ばざる」と。能く人を擇びて敬みて刑を為さば、堯・舜・禹・湯・文・武の道に及ぶ可し。是れ何ぞや。則ち尚賢を以て之に及ぶなり。先王の書、豎年の言に於て然り。曰く、「夫の聖、武、人を知るを晞めて、以て而の身を屏輔せしむ」と。此れ先王の天下を治むるや、必ず賢者を選擇して以て其の羣屬輔佐と為すを言うなり。曰く、今や天下の言う士君子は、皆な富貴を欲して貧賤を惡む。曰く、然り。女、何を為して富貴を得て貧賤を辟けんとするか。賢を為すに若くは莫し。賢を為すの道は將に奈何せんとするか。曰く、力有る者は疾く以て人を助け、財有る者は勉めて以て人に分かち、道有る者は勸めて以て人を教う。此くの若くんば則ち飢えたる者は食を得、寒き者は衣を得、亂るる者は治まるを得。若し飢うれば則ち食を得、寒ければ則ち衣を得、亂るれば則ち治まるを得ば、此れ安んじて生を生ずるなり。