墨子 / 尚賢下
逮至其國家則不然,王公大人骨肉之親,無故富貴、面目美好者,則舉之,則王公大人之親其國家也,不若其親一危弓、罷馬、衣裳、牛羊之財與。我以此知天下之士君子皆明於小,而不明於大也。此譬猶瘖者而使為行人,聾者而使為樂師。
新字:逮至其国家則不然,王公大人骨肉之親,無故富貴、面目美好者,則舉之,則王公大人之親其国家也,不若其親一危弓、罷馬、衣裳、牛羊之財与。我以此知天下之士君子皆明於小,而不明於大也。此譬猶瘖者而使為行人,聾者而使為楽師。
書き下し
其の國家に逮び至りては則ち然らず。王公大人、骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者は、則ち之を舉ぐ。則ち王公大人の其の國家を親しむや、其の一の危弓・罷馬・衣裳・牛羊の財を親しむに若かざるか。我れ此を以て天下の士君子、皆な小に明らかにして、大に明らかならざるを知るなり。此れ譬えば猶お瘖者にして行人と為らしめ、聾者にして樂師と為らしむるがごとし。
現代語訳
ところが国家のこととなるとそうではない。王公大人は、血のつながった身内、理由も無く富貴な者、顔かたちの良い者を登用する。とすると王公大人が自分の国家を大事に思う気持ちは、弓一張・馬一頭・衣一枚・牛一頭を大事に思う気持ちにも及ばないのか。私はこれによって、天下の士君子がみな小さなことには明るく大きなことには明るくないと知る。これはたとえば、口のきけない者を外交使節にし、耳の聞こえない者を楽師にするようなものである。
解説
前章で四つの例を積み上げたうえでの結論です。「弓一張ほどにも国家を大事にしていないのか」と、比較の対象をわざと小さくして落差を作る。そして最後の一句が痛烈です——口のきけない者を外交官にし、耳の聞こえない者を楽師にする。適性と職務が正面から食い違っている状態を、これ以上ないほど鮮明な絵で示しています。人を配置するとき、その職に必要な感覚器が備わっているかを問う比喩です。
この章句が説くこと
適性配置ミスマッチ縁故比喩
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