墨子 / 尚賢上
是故子墨子言曰:得意,賢士不可不舉;不得意,賢士不可不舉。尚欲祖述堯舜禹湯之道,將不可不以尚賢。夫尚賢者,政之本也。
新字:是故子墨子言曰:得意,賢士不可不舉;不得意,賢士不可不舉。尚欲祖述堯舜禹湯之道,将不可不以尚賢。夫尚賢者,政之本也。
書き下し
是の故に子墨子言いて曰く、意を得るも、賢士は舉げざる可からず。意を得ざるも、賢士は舉げざる可からず。尚お堯舜禹湯の道を祖述せんと欲せば、將に尚賢を以てせざる可からず。夫れ尚賢なる者は、政の本なり。
現代語訳
だから墨子が言った。思い通りに行っているときも賢士を登用しないわけにいかない。思い通りに行っていないときも賢士を登用しないわけにいかない。堯・舜・禹・湯の道を受け継ごうとするなら、賢を尊ぶことによらねばならない。そもそも賢を尊ぶとは、政治の根本である。
解説
尚賢上篇の結びです。「得意」「不得意」——順風のときも逆風のときも、と両方を挙げるところに力点があります。人材登用は業績が良いときの余裕でも、悪いときの応急処置でもなく、状態に関係なく続ける根本だという主張です。景気に応じて採用を絞ったり広げたりする発想への、二千数百年前からの反論として読めます。堯・舜・禹・湯の道を継ぐならこれによれ、と過去の成功例まで同じ一点に還元します。
この章句が説くこと
尚賢根本継続順風逆風採用
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