墨子 / 尚賢上
曰:然則衆賢之術將奈何哉?子墨子言曰:譬若欲衆其國之善射御之士者,必將富之貴之,敬之譽之,然後國之善射御之士將可得而衆也。况又有賢良之士厚乎徳行、辯乎言談、博乎道術者乎?此固國家之珍,而社稷之佐也。亦必且富之貴之,敬之譽之,然後國之良士亦將可得而衆也。
新字:曰:然則衆賢之術将奈何哉?子墨子言曰:譬若欲衆其国之善射御之士者,必将富之貴之,敬之誉之,然後国之善射御之士将可得而衆也。況又有賢良之士厚乎徳行、弁乎言談、博乎道術者乎?此固国家之珍,而社稷之佐也。亦必且富之貴之,敬之誉之,然後国之良士亦将可得而衆也。
書き下し
曰く、然らば則ち賢を衆くするの術は將に奈何せんとするや。子墨子言いて曰く、譬えば其の國の善く射御する士を衆くせんと欲する者の若きは、必ず將に之を富まし之を貴くし、之を敬し之を譽めんとす。然る後に國の善く射御する士、將に得て衆かる可きなり。况んや又た賢良の士の徳行に厚く、言談に辯じ、道術に博き者有るをや。此れ固より國家の珍にして、社稷の佐なり。亦た必ず且つ之を富まし之を貴くし、之を敬し之を譽めん。然る後に國の良士も亦た將に得て衆かる可きなり。
現代語訳
問う。では賢者を多くする方法はどうすればよいのか。墨子が言った。たとえば国に弓や馬の上手な士を多くしたいと思うなら、必ずその者を富ませ、地位を与え、敬い、褒める。そうしてはじめて国の弓馬の名手は多くなる。まして徳行が厚く、議論に長け、学術に広い賢良の士ならなおさらだ。彼らはもともと国家の宝であり、社稷を支える者である。やはり必ず富ませ、地位を与え、敬い、褒める。そうしてはじめて国の良い士も多くなる。
解説
増やし方は四つ——富ませる、地位を与える、敬う、褒める。財と地位という物質的なものと、敬意と評判という無形のものを二つずつ組にしています。ここで墨子は弓馬の名手という分かりやすい例から入り、賢者も同じ仕組みで増えると言い切る。徳のある人は待遇によらず集まる、という考え方を退けているわけです。人が集まる分野には、必ずその四つが揃っている。
この章句が説くこと
処遇報酬敬意評判人が集まる仕組み
関連する章句
-
『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀にして知り、能く人に禍いを為すと為すか」と。子墨子の門に游ぶ者有り、身體强良、思慮狥通なり。隨いて學ばしめんと欲す。子墨子曰く、「姑く學べ。吾れ将に子を仕えしめん」と。善言に勸められて學ぶ。其の年にして、仕えんことを子墨子に責む。子曰く、「子を仕えしめず。子も亦た夫の魯の語を聞かんか。昆弟五人なる者有り。其の父死して、其の長子、酒を嗜みて葬らず。其の四弟曰く、『子、我と葬らば、當に子の為に酒を沽うべし』と。善言に勸められて葬る。已に葬りて、酒を其の四弟に責む。四弟曰く、『吾れ未だ子に酒を予えず。子は子の父を葬り、我れは吾が父を葬る。豈に獨り吾が父ならんや。子、葬らずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に葬るを勸めしなり』と。今、子は義を為し、我も亦た義を為す。豈に獨り我が義ならんや。子、學ばずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に學を勸めしなり」と。
-
『春秋左氏伝』閔公二年 衛の懿公、鶴を好む冬、十二月、狄人衛を伐つ。衛の懿公鶴を好み、鶴に軒に乘る者有り。將に戰はんとす。國人の甲を受くる者皆曰く、「鶴を使へ。鶴實に祿位有り、余焉んぞ能く戰はん」と。公石祁子に玦を與へ、甯莊子に矢を與へ、守らしめて、曰く、「此を以って國を贊けよ。利を擇びて之を爲せ」と。夫人に繡衣を與へて、曰く、「二子に聽け」と。渠孔戎に御し、子伯右と爲り、黃夷前驅し、孔嬰齊殿す。狄人と熒澤に戰ひ、衛の師敗績し、遂に衛を滅ぼす。衛侯其の旗を去らず、是を以って甚だしく敗る。狄人史華龍滑と禮孔とを囚へ、以って衛人を逐ふ。二人曰く、「我は、大史なり。實に其の祭を掌る。先んぜずんば、國得可からざるなり」と。乃ち之を先んぜしむ。至れば、則ち守に告げて曰く、「待つ可からざるなり」と。夜國人と出づ。狄衛に入り、遂に之に從ひ、又諸を河に敗る。
-
『甲陽軍鑑』品第十二其のごとくなる家中にては老衆·出頭衆又かせ者·小者迄意地きたなくなり、人をぬかんと存するに付、主は被官に物も給はらずしてつかはんと思ひ、被官は主に忠節·忠功·番·普請·供·使の奉公もせずして、偽をもつて扶持給を取らんと思ふ故、かせ者小者給を取ため引こみ候間、奉公人多く塩肴など売商人に成ものなり、能き大将の下にては町人も奉公人に成たがるといへども、諸侍町人をつかはす、又百姓は意地すねたる物にて、奉公しても後は覚の者に成こと多し、町人はかざる者なれば武士には成兼申候、
-
『春秋左氏伝』襄公二十三年 斐豹、丹書を焚かしむ鞅の父と二三子とは君の所に在り。鞅をして吾子を逆へしむ。鞅請ふ、驂乘して帶を持たん」と。遂に超乘し、右に劍を撫し、左に帶を援き、命じて驅りて之を出さしむ。僕請ふ。鞅曰く、「公に之け」と。宣子諸を階に逆へ、其の手を執り、之に賂ふに曲沃を以ってす。初め、斐豹は隸なり、丹書に著さる。欒氏の力臣を督戎と曰ふ。國人之を懼る。斐豹宣子に謂ひて曰く、「苟くも丹書を焚かば、我督戎を殺さん」と。宣子喜びて曰く、「而(なんぢ)之を殺さば、君に請ひて丹書を焚かざる所の者は、日の如き有らん」と。乃ち豹を出して之を閉づ。督戎之に從ふ。豹隱を踰えて之を待つ。督戎踰えて入る。豹後より擊ちて之を殺す。范氏の徒臺の後に在り。欒氏公門に乘る。宣子鞅に謂ひて曰く、「矢君の屋に及ばば、之に死せよ」と。鞅劍を用ゐて以って卒を帥ゐる。欒氏退く。車を攝りて之に從ふ。欒樂に遇ひて曰く、「樂免れよ。死せば將に女を天に訟へんとす」と。樂之を射て中らず。又注げば則ち槐の本に乘りて覆る。或ひと戟を以って之を鉤し、肘を斷ちて死す。欒魴傷つく。欒盈曲沃に奔る。晉人之を圍む。
-
『武士道』第十章 武士の教育・精神上の勤労は価無きに非ず今や何等の勤労に酬うるにも、一に金銭を以てするが如き風は、武士道を遵奉する者の間に、かつて行はれしこと無かりき。武士道は、金を獲ず、又た価を受けずして、始めて他に尽すことを得るの務あるを信じたり。乃ち僧侶にもせよ、教師にもせよ、其精神上の勤労は、価無きに非らず、却つて価の量るべからざるが故に、金銭を以て之に報ずるを得べきものに非らずとしたり。是に由りて之を見れば、算数的ならざる武士道の名誉の本能は、近世の経済学に超越して、真理の教訓を与へたるものなりと謂ひつべし。けだし賃銭俸給の如きは、勤労任務の結果の、明かに見るを得べく、量るを得べきものにのみ対して、之を払ふて大差なかるべしと雖、教育に奉ずる最美の勤労、即ち人の霊性の啓発に裨補する任務の如きに至りては、其量のもとより瞭かならざるを以て、ひとり之を認むる能はざるのみならず、又た之を数ふるを得ず。
-
『講孟余話』滕文公下 第四章「志を食ましむるに非ず、功を食ましむるなり」。此の章の論此の二句にあり、而して食功の二字に帰す。其の論明白、復た弁を待たず。唯だ君の臣を養ひ、民の上に奉ずる、既に皆功に食ましむる為めなれば、是れに酬ゆる者将た如何すべき。日々三度の箸を把る毎に、此の食の徒食すべからざるを思ひ、又衣服に付きても居処に付きても器用に付きても、皆此の物徒らに着るべからず、徒らに居るべからず、徒らに用ふべからざるを思はば、豈放辟邪侈の念を生ぜんや。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る