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墨子 / 法儀

然而天何欲何惡者也?天必欲人之相愛相利,而不欲人之相惡相賊也。奚以知天之欲人之相愛相利,而不欲人之相惡相賊也?以其兼而愛之、兼而利之也。奚以知天兼而愛之、兼而利之也?以其兼而有之、兼而食之也。今天下無小大國,皆天之邑也。人無幼長貴賤,皆天之臣也。此以莫不芻牛羊,豢犬豬,潔為酒醴粢盛,以敬事天。此不為兼而有之、兼而食之邪?天茍兼而有食之,夫奚為其不欲人之相愛相利也?故曰:「愛人利人者,天必福之。惡人賊人者,天必禍之。」日殺不辜者,得不祥焉。夫豈不以人之相殺而天與禍乎?是以天欲人相愛相利,而不欲人相惡相賊也。」

新字:然而天何欲何悪者也?天必欲人之相愛相利,而不欲人之相悪相賊也。奚以知天之欲人之相愛相利,而不欲人之相悪相賊也?以其兼而愛之、兼而利之也。奚以知天兼而愛之、兼而利之也?以其兼而有之、兼而食之也。今天下無小大国,皆天之邑也。人無幼長貴賤,皆天之臣也。此以莫不芻牛羊,豢犬豬,潔為酒醴粢盛,以敬事天。此不為兼而有之、兼而食之邪?天茍兼而有食之,夫奚為其不欲人之相愛相利也?故曰:「愛人利人者,天必福之。悪人賊人者,天必禍之。」日殺不辜者,得不祥焉。夫豈不以人之相殺而天与禍乎?是以天欲人相愛相利,而不欲人相悪相賊也。」

書き下し

然らば而ち天は何を欲し何を惡む者ぞや。天は必ず人の相愛し相利するを欲して、人の相惡み相賊うを欲せざるなり。奚を以て天の人の相愛し相利するを欲して、人の相惡み相賊うを欲せざるを知るや。其の兼ねて之を愛し、兼ねて之を利するを以てなり。奚を以て天の兼ねて之を愛し、兼ねて之を利するを知るや。其の兼ねて之を有ち、兼ねて之を食むを以てなり。今、天下に小大の國と無く、皆な天の邑なり。人に幼長貴賤と無く、皆な天の臣なり。此れ牛羊を芻い、犬豬を豢い、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬みて天に事えざるは莫し。此れ兼ねて之を有ち、兼ねて之を食むを為さざらんや。天苟くも兼ねて有ちて之を食まば、夫れ奚為れぞ其れ人の相愛し相利するを欲せざらんや。故に曰く、「人を愛し人を利する者は、天必ず之を福し、人を惡み人を賊う者は、天必ず之を禍す」と。辜無き者を殺す日には、不祥を得ん。夫れ豈に人の相殺すを以てして天、禍を與えざらんや。是を以て天は人の相愛し相利するを欲して、人の相惡み相賊うを欲せざるなり。

現代語訳

では天は何を望み何を憎むのか。天は必ず、人が互いに愛し互いに利することを望み、人が互いに憎み互いに損なうことを望まない。なぜそう分かるのか。天がすべてを兼ねて愛し、兼ねて利しているからである。なぜ天がすべてを兼ねて愛し利していると分かるのか。天がすべてを兼ねて持ち、兼ねて食んでいるからである。いま天下に小国も大国もなく、みな天の町である。人に幼いも年長も貴いも賤しいもなく、みな天の臣である。誰もが牛羊を飼い犬豚を養い、清らかに酒と供物を用意して天に仕えている。これが「兼ねて持ち、兼ねて食む」ということでなくて何であろう。天が兼ねて持ち兼ねて食んでいるのなら、どうして人が互いに愛し利し合うことを望まないはずがあろうか。だからいう、人を愛し人を利する者を天は必ず幸いし、人を憎み人を損なう者を天は必ず禍する、と。罪のない者を殺した日には不祥を得る。人が互いに殺し合っているのに、天が禍を下さないはずがあろうか。だから天は、人が互いに愛し利することを望み、互いに憎み損なうことを望まないのだ。

解説

墨子の中心概念「兼」が最初にはっきり出る箇所です。論証の順序が独特で、天が何を望むかを、天が何を持っているかから導きます。天はすべての国とすべての人を分け隔てなく持ち、分け隔てなく供物を受け取っている。だから分け隔てのない愛を望むはずだ、という筋道です。全体を持つ者は部分の対立を望まない——これは、事業全体に責任を持つ立場が部門間の争いをどう見るかという構図と同じです。

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