牧民忠告 / 受代
其在政也,民被德澤,訟清盜息,豪強消沮,同僚悅服,則去之之日,雖弊車贏馬,行囊蕭然,其樂有不翅萬金獲而千駟受者。前輩由外官而至執政者,論濟人之功,皆自以為不及為縣者遠甚。嗚呼!有志及物者,其勿簿州縣而不屑為也。
新字:其在政也,民被徳沢,訟清盗息,豪強消沮,同僚悅服,則去之之日,雖弊車贏馬,行囊蕭然,其楽有不翅万金獲而千駟受者。前輩由外官而至執政者,論済人之功,皆自以為不及為県者遠甚。嗚呼!有志及物者,其勿簿州県而不屑為也。
書き下し
其の政に在るや、民は徳沢を被(こうむ)り、訟(うった)え清く盗み息(や)み、豪強は消沮(しょうそ)し、同僚は悦服す。則ち之を去るの日、車を弊(やぶ)り馬を贏(つか)らすと雖も、行嚢(こうのう)蕭然(しょうぜん)たるも、其の楽しみは万金を獲、千駟(せんし)を受くる者にも翅(ただ)ならざる有り。前輩、外官より執政に至る者、人を済(すく)うの功を論ずれば、皆自ら以て県を為すに及ばざること遠甚(えんじん)なりと為す。嗚呼、志の物に及ぶ有る者は、其れ州県を簿(うす)んじて為すに屑(いさぎよ)しとせざること勿かれ。
現代語訳
その者が政治を行っていた間、民は恩恵を受け、訴訟は清く裁かれ盗みは絶え、豪強は勢いを失い、同僚も心服した。だから、その地を去る日には、車はぼろぼろで馬は疲れ果て、荷物は寂しいものであっても、その喜びは万金を得たり千頭立ての馬車を賜ったりする者にも劣らないほどであった。かつての先輩で、地方官から中央の執政にまで至った者たちも、人を救った功績を論じれば、皆自分は県令であった時にこそ遠く及ばなかったと言う。ああ、志が民の暮らしに及ぶことを願う者は、州県の職を軽んじてやるに値しないなどと思ってはならない。
解説
本条は、離任の日にみすぼらしい身なりであっても、善政を行った者は何物にも代えがたい満足を得るのだと説き、地方官(県令)の職を軽視すべきでないと結ぶ。中央の高官に昇った先輩たちでさえ、県令として直接民を救った経験にこそ最大の充実感を見出したという逸話を添えている点が印象的である。地位の高低や報酬の多寡ではなく、現場で人にどれだけ良い影響を与えられたかにこそ本当の達成感があるという指摘は、現代の管理職にも通じる。目立たない現場の仕事にこそ、やりがいと誇りを見出すべきだという教えである。
この章句が説くこと
完帰善政県令達成感
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