牧民忠告 / 御下
為治之道,其要莫如省心。心省則事省,事省則民安,民安則吏無所資。一或紛然,上下胥罹其擾也。然事亦有必不能省者,則又在夫措畫堤防之術何如耳。古人謂:「多算勝少算,少算勝無算。」不特用兵為然,一役之修,一宴之設,一獄之興,誠能思慮周詳,繁略畢舉,則民之受賜不淺矣。某嘗為縣,胥吏輩春則追農以報農桑,夏則檄尉以練卒伍,秋則會社以檢義糧,冬則賦芻以飼尚馬,其它若逃兵、亡戶、逸盜及積年逋稅之民,動集百餘,不賄不釋。某見其然,常揮牘不為署。暇則將一二謹厚吏,親詣其地而按之,可擬者擬,可行者行。由是一切惟以信版集事,吏人失志,百姓獲安。至今旁郡以為例。
新字:為治之道,其要莫如省心。心省則事省,事省則民安,民安則吏無所資。一或紛然,上下胥罹其擾也。然事亦有必不能省者,則又在夫措画堤防之術何如耳。古人謂:「多算勝少算,少算勝無算。」不特用兵為然,一役之修,一宴之設,一獄之興,誠能思慮周詳,繁略畢舉,則民之受賜不浅矣。某嘗為県,胥吏輩春則追農以報農桑,夏則檄尉以練卒伍,秋則会社以検義糧,冬則賦芻以飼尚馬,其它若逃兵、亡戸、逸盗及積年逋税之民,動集百余,不賄不釈。某見其然,常揮牘不為署。暇則将一二謹厚吏,親詣其地而按之,可擬者擬,可行者行。由是一切惟以信版集事,吏人失志,百姓獲安。至今旁郡以為例。
書き下し
治を為すの道、其の要は心を省(はぶ)くに如(し)くは莫し。心省けば則ち事省け、事省けば則ち民安し、民安ければ則ち吏資(と)る所無し。一(ひと)たび或いは紛然たれば、上下胥(みな)其の擾(みだ)れに罹(かか)る。然れども事も亦(また)必ず省く能わざる者有り、則ち又夫(か)の措画堤防(そかくていぼう)の術如何(いかん)に在るのみ。古人謂う、「算多きは算少なきに勝ち、算少なきは算無きに勝つ」と。特(ひと)り兵を用うるを然りと為すのみならず、一役(いちえき)の修め、一宴の設け、一獄の興り、誠に能く思慮周詳(しりょしゅうしょう)にして繁略畢(ことごと)く挙がれば、則ち民の賜を受くること浅からず。某(それがし)嘗て県を為(おさ)むるに、胥吏(しょり)輩(はい)春には則ち農を追いて以て農桑を報じ、夏には則ち尉を檄(げき)して以て卒伍を練り、秋には則ち社を会して以て義糧を検し、冬には則ち芻(すう)を賦(ふ)して以て尚馬(しょうば)を飼い、其の它(た)逃兵(とうへい)・亡戸(ぼうこ)・逸盗(いっとう)及び積年逋税(ふぜい)の民の若きは、動(やや)もすれば百余を集め、賄(まいな)わざれば釈(ゆる)さず。某其の然るを見て、常に牘(とく)を揮(ふる)いて署を為さず。暇あれば則ち一二の謹厚(きんこう)の吏を将(ひき)いて、親(みずか)ら其の地に詣(いた)りて之を按(あん)ず、擬す可き者は擬し、行う可き者は行う。是(これ)に由りて一切惟(た)だ信版(しんぱん)を以て事を集め、吏人志を失い、百姓安きを獲(え)たり。今に至るまで旁郡(ぼうぐん)以て例と為す。
現代語訳
統治を行う道は、その要点として心を煩わせないことに勝るものはない。心を煩わせなければ事務も簡素になり、事務が簡素になれば民は安らかになり、民が安らかになれば役人が民から搾り取る材料もなくなる。ひとたび物事が紛糾すれば、上も下もみなその混乱に巻き込まれる。とはいえ、どうしても簡素化できない事柄もあり、その場合はあらかじめ手立てを講じ備える技術がどうであるかにかかっている。昔の人は「多く計算する者は少なく計算する者に勝ち、少なく計算する者は全く計算しない者に勝つ」と言った。これは兵を用いる場合だけに当てはまるのではない。一つの労役を行うにも、一つの宴を催すにも、一つの訴訟を起こすにも、思慮を行き届かせ、詳細も概要もすべて押さえることができれば、民が受ける恩恵は浅くない。私(某)がかつて県を治めていたとき、下級役人たちは春には農民を追い立てて農桑の報告をさせ、夏には尉官に檄を飛ばして兵卒を訓練させ、秋には村の集会を開いて義倉の食糧を検査させ、冬には飼料を割り当てて上納用の馬を飼わせ、その他、逃亡兵・逃亡戸・逃走した盗賊、および長年の滞納税を抱える民などについては、ともすれば百人余りを呼び集め、賄賂を差し出さなければ釈放しなかった。私はその実態を見て、常に文書を振りかざすだけでその場では署名しなかった。暇があれば、一人二人の謹直で誠実な役人を連れて、自ら現地に赴いてこれを調べ、猶予すべきものは猶予し、実行すべきものは実行した。これによって、すべてを信用できる公文書だけで処理するようになり、不正な役人たちは意欲を失い、民衆は安らぎを得た。今に至るまで近隣の郡ではこれを模範としている。
解説
この章句が説くこと
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牧民忠告・上任官を治むるは家を治むるが如し、古人嘗(かつ)て是の訓(おし)え有り。蓋し一家の事、緩急巨細と無く、皆当に知るべき所なり。知らざる所有れば、則ち治めざる所有るなり。況んや民を牧するの長は、百責の叢(あつ)まる所、庠序(しょうじょ)の若き、伝置(でんち)の若き、倉廥(そうかい)の若き、囹圄(れいご)の若き、溝洫(こうきょく)の若き、橋障(きょうしょう)の若き、凡そ司(つかさど)る所の者甚だ衆(おお)し。時を相(み)力を度(はか)り、弊るる者は之を葺(ふ)き、汚るる者は之を潔くし、堙(うず)もるる者は之を疏(とお)し、缺くる者は之を補い、旧(もと)より無き所の者は之を経営す。若し曰わく、「彼の修めざる、何ぞ我が事に預(あずか)らん、瞬夕代(か)わり去らば、自ら苦しむこと奚(なん)為れぞ」と。此の念一たび萌さば、則ち庶務皆墮(おこた)らん。前輩謂う、「公家の務め、一毫も其の心を尽くさざれば、即ち苟禄(こうろく)と為り、罪を天に獲(う)」と。
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牧民忠告・受代其の政に在るや、民は徳沢を被(こうむ)り、訟(うった)え清く盗み息(や)み、豪強は消沮(しょうそ)し、同僚は悦服す。則ち之を去るの日、車を弊(やぶ)り馬を贏(つか)らすと雖も、行嚢(こうのう)蕭然(しょうぜん)たるも、其の楽しみは万金を獲、千駟(せんし)を受くる者にも翅(ただ)ならざる有り。前輩、外官より執政に至る者、人を済(すく)うの功を論ずれば、皆自ら以て県を為すに及ばざること遠甚(えんじん)なりと為す。嗚呼、志の物に及ぶ有る者は、其れ州県を簿(うす)んじて為すに屑(いさぎよ)しとせざること勿かれ。
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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牧民忠告・事長尊卑の分定まれば、則ち家に逆子無く、国に叛臣無し。夫れ国の亡ぶる所以、家の敗るる所以は、皆卑の尊有らずして、尊の卑を制する能わざるの致す所に由るなり。諸(これ)を歴代に考うるに、厥(そ)の監(かがみ)甚だ明らかなり。今夫れ上は朝廷、下は郡邑、其の官を設くるや、長有り、弐(に)有り、幕属有り、胥吏(しょり)有り、各々其の分に安んじて其の事に事(つか)えれば、天下安(いずく)んぞ治まらざる有らんや。惟だ其れ小智自私、同寅(どういん)の義に乖(そむ)き、協恭(きょうきょう)の誠無く、衷(ちゅう)既に和せざれば、則ち所見必ず同じからざる者有り。或いは長官侍佐(じさ)弐の礼を知らず、或いは佐弐長官に事うるの道に闇(くら)し、少しく辞色を見(あらわ)せば、則ち彼我胥(あい)失う。若し夫れ事例爾(しか)るべくして、所見或いは同じからざれば、下に居る者は当に其の意を誠にし、其の辞を婉(えん)にし、其の容体を卑(ひく)くして、以て其の上を開くべし。若し尤も未だ允(ゆる)されざれば、則ち其の退くを俟(ま)ちて之を家に語る。人は木石に非ず、回らざるの理無し。其れ或いは下に居る者に不可なる所有らば、長たる者も亦当に是くの如く之を暁(さと)すべきなり。稍(やや)抉(えぐ)る所有りて、強縦(きょうしょう)有りと雖も、退きて必ず堪えざる者有り、日に引き月に深く、終に泄露(せつろ)するに於いてす。人其の乖忤(かいご)を見るなり。讒譖(ざんしん)の言、之に乗じて入る。久しければ則ち訟必ず興り、政事隳(やぶ)れん。一時の忿(いきどお)りの為に同僚の心をして離れしめ、闔境(こうきょう)の民治まるを得ざれば、則ち其の人の褊浅(へんせん)なること知る可し。古人言えること有り、「必ず忍ぶこと有りて、乃ち其れ済(な)す有り」と。又曰く、「忍は衆妙の門為り」と。旨(むね)なるかな。
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牧民忠告・拜命普天率土(ふてんそっと)、生人窮まり無きなり、然れども国の寵霊(ちょうれい)を受けて民の司牧(しぼく)と為る者、能(よ)く幾何(いくばく)の人ぞ。既に命を受けて以て斯の民を牧すれば、而(しか)も公廉の心を守る能わざれば、是れ自ら愛せざるなり、寧(なん)ぞ世の誚(そし)る所と為らざらんや。況んや一身の微、享(う)くる所能く幾ばくぞ、厥(そ)の心溪壑(けいがく)にして、適(まさ)に以て自ら賊(そこな)う。一たび罪及べば、上は国恩を孤(そむ)き、中は親を辱めに貽(のこ)し、下は郷鄰朋友をして詬(はじ)を蒙り羞(はじ)を包ましむ、千金を任(にな)うと雖も、一夕縲紲(るいせつ)の苦しみを償うに足らず。其の已に敗るるを戚(うれ)うるよりは、曷(なん)ぞ未然を厳にするに若かんや。嗟(ああ)爾(なんじ)官有る者、宜しく深く戒むべき所なり。
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牧民忠告・上任其の境に入るに比(およ)びて、民瘼(みんばく)の軽重、吏弊(りへい)の深浅、前官の良否、強宗の有無、控訴の人の多寡、皆須(すべから)く尽心して詢訪(じゅんぼう)すべきなり。至れば則ち遠く数舎(すうしゃ)に居り、之を掌る者を召し、其の詳を語らしめ、其の概を疏(の)べしめ、先に其の情を得、下車の日、参考して以て断ず。若(も)し素より備うる所無く、卒然(そつぜん)として部に至り、訟を聴くの際、百姓聚(あつ)まり観、一語乖張(かいちょう)せば、則ち必ず闔境(こうきょう)に笑いを貽(のこ)さん。況んや民心動き易く、尤も厥(そ)の初めに在り、初めに焉(これ)其の心を厭服(えんぷく)する無くんば、後為す有りと雖も、亦将(まさ)に奚(なん)ぞ信ぜんとするや。然らずんば、其の訟を受けて翼日(よくじつ)に之を理するも亦可なり。殆(ほとん)ど軽率に応答して、士民をして失望せしむべからざるなり。