牧民忠告 / 事長
尊卑之分定,則家無逆子,國無叛臣。夫國之所以亡,家之所以敗,皆由卑不有尊,而尊不能制卑之所致也。考諸歷代,厥監甚明。今夫上而朝廷,下而郡邑,其設官也,有長焉,有貳焉,有幕屬焉,有胥吏矣,各安其分而事其事,天下安有不治之哉?惟其小智自私,乖同寅之義,無協恭之誠,衷既不和,則所見必有不同者。或長官不知侍佐貳之禮也,或佐貳闇於事長官之道也,少見辭色,,則彼此胥失矣。若夫事例應爾,而所見或不同,居下者當誠其意,婉其辭,卑其容體,以開其上;若尤未允,則俟其退而語之家。人非木石,無不回之理。其或居下者有所不可為長者亦當如是曉之也。稍有所抉,雖有強縱,退而必有不堪者,日引月深,終於泄露。人見其乖忤也。讒譖之言,乘之而入。久則訟必興,而政事隳矣。為一時之忿使同僚之心離,闔境之民不得治,則其人之褊淺可知矣。古人有言:「必有忍,乃其有濟。」又曰:「忍為眾妙之門。」旨哉。
新字:尊卑之分定,則家無逆子,国無叛臣。夫国之所以亡,家之所以敗,皆由卑不有尊,而尊不能制卑之所致也。考諸歴代,厥監甚明。今夫上而朝廷,下而郡邑,其設官也,有長焉,有貳焉,有幕属焉,有胥吏矣,各安其分而事其事,天下安有不治之哉?惟其小智自私,乖同寅之義,無協恭之誠,衷既不和,則所見必有不同者。或長官不知侍佐貳之礼也,或佐貳闇於事長官之道也,少見辞色,,則彼此胥失矣。若夫事例応爾,而所見或不同,居下者当誠其意,婉其辞,卑其容体,以開其上;若尤未允,則俟其退而語之家。人非木石,無不回之理。其或居下者有所不可為長者亦当如是暁之也。稍有所抉,雖有強縦,退而必有不堪者,日引月深,終於泄露。人見其乖忤也。讒譖之言,乗之而入。久則訟必興,而政事隳矣。為一時之忿使同僚之心離,闔境之民不得治,則其人之褊浅可知矣。古人有言:「必有忍,乃其有済。」又曰:「忍為眾妙之門。」旨哉。
書き下し
尊卑の分定まれば、則ち家に逆子無く、国に叛臣無し。夫れ国の亡ぶる所以、家の敗るる所以は、皆卑の尊有らずして、尊の卑を制する能わざるの致す所に由るなり。諸(これ)を歴代に考うるに、厥(そ)の監(かがみ)甚だ明らかなり。今夫れ上は朝廷、下は郡邑、其の官を設くるや、長有り、弐(に)有り、幕属有り、胥吏(しょり)有り、各々其の分に安んじて其の事に事(つか)えれば、天下安(いずく)んぞ治まらざる有らんや。惟だ其れ小智自私、同寅(どういん)の義に乖(そむ)き、協恭(きょうきょう)の誠無く、衷(ちゅう)既に和せざれば、則ち所見必ず同じからざる者有り。或いは長官侍佐(じさ)弐の礼を知らず、或いは佐弐長官に事うるの道に闇(くら)し、少しく辞色を見(あらわ)せば、則ち彼我胥(あい)失う。若し夫れ事例爾(しか)るべくして、所見或いは同じからざれば、下に居る者は当に其の意を誠にし、其の辞を婉(えん)にし、其の容体を卑(ひく)くして、以て其の上を開くべし。若し尤も未だ允(ゆる)されざれば、則ち其の退くを俟(ま)ちて之を家に語る。人は木石に非ず、回らざるの理無し。其れ或いは下に居る者に不可なる所有らば、長たる者も亦当に是くの如く之を暁(さと)すべきなり。稍(やや)抉(えぐ)る所有りて、強縦(きょうしょう)有りと雖も、退きて必ず堪えざる者有り、日に引き月に深く、終に泄露(せつろ)するに於いてす。人其の乖忤(かいご)を見るなり。讒譖(ざんしん)の言、之に乗じて入る。久しければ則ち訟必ず興り、政事隳(やぶ)れん。一時の忿(いきどお)りの為に同僚の心をして離れしめ、闔境(こうきょう)の民治まるを得ざれば、則ち其の人の褊浅(へんせん)なること知る可し。古人言えること有り、「必ず忍ぶこと有りて、乃ち其れ済(な)す有り」と。又曰く、「忍は衆妙の門為り」と。旨(むね)なるかな。
現代語訳
上下の分がはっきり定まっていれば、家に親に逆らう子はなく、国に謀反を企てる臣はいない。そもそも国が滅び、家が敗れる原因は、皆、下の者が上を敬わず、上の者が下を統率できないことに由来する。歴代の史実に照らせば、その教訓は非常に明らかである。今、上は朝廷から下は郡や邑に至るまで、官を設けるにあたっては、長官がいて、次官がいて、属官がいて、下級役人がいる。それぞれが自分の分を守り自分の職務に励めば、天下がどうして治まらないことがあろうか。ただ、小さな知恵で私利を図り、同僚としての道義に背き、心を合わせて敬い合う誠実さがなく、内心が既に和していなければ、必ず見解の相違が生じる。長官が次官への対し方の礼を知らなかったり、次官が長官に仕える道に暗かったりして、少しでも言葉や表情に出せば、双方とも道を誤ってしまう。もし本来意見が一致すべき事柄で、見解が食い違うならば、下の者はその心を誠実にし、言葉を柔らかくし、態度をへりくだって、上の者の心を開かせるべきである。それでもなお聞き入れられなければ、退出を待ってから家で内々に話すのがよい。人は木や石ではないのだから、翻意しないという道理はない。逆に下の者に不都合な点があれば、上に立つ者もまた同じようにこれを諭すべきである。少しでも相手をえぐるような言い方をし、強引に押し通すことがあれば、退いた後に必ず耐えがたく思う者が出る。日を追い月を重ねるうちに、ついには漏れ広まってしまう。人はその不和の様子を見て取る。そこに讒言や中傷がつけこんで入り込む。長引けば訴訟が必ず起こり、政務は崩れてしまう。一時の怒りのために同僚の心を離反させ、領内の民が治まらなくなれば、その人物の器量の狭さは知れたものである。昔の人は「必ず耐え忍ぶことがあってこそ、事を成し遂げられる」と言った。また「忍耐はあらゆる妙なる道の入り口である」とも言う。まことに味わい深い言葉である。