南洲翁遺訓 / 第四条
万民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し。然るに草創の始に立ちながら、家屋を飾り、衣服を文り、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今となりては、戊辰の義戦も偏へに私を営みたる姿に成り行き、天下に対し戦死者に対して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。
書き下し
万民の上に位する者、己を慎み、品行を正しくし驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し。然るに草創の始に立ちながら、家屋を飾り、衣服を文り、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今となりては、戊辰の義戦も偏へに私を営みたる姿に成り行き、天下に対し戦死者に対して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。
現代語訳
万民の上に位する者は、自分を慎み、品行を正しくし、驕りと奢りを戒め、節約倹約に努め、職務に勤め労して人民の手本となり、下の民がその勤労を気の毒に思うほどでなければ、政令は行われにくい。それなのに、国を興したばかりの初めに立ちながら、家屋を飾り、衣服を飾り、美しい妾を抱え、蓄財をはかるならば、維新の功業は遂げられまい。今となっては、戊辰の義戦もひとえに私腹を営んだ姿になってしまい、天下に対し、戦死者に対して面目がない、と言って、しきりに涙を催された。
解説
上に立つ者の基準を、驚くべき水準に置く。「下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し」——下の者が「あの人はあんなに働いて気の毒だ」と思うくらいでなければ、命令は通らない、と。尊敬でも恐れでもなく、気の毒に思わせよ、という。そして後半で、明治政府の実態への批判に転じる。家屋を飾り、衣服を飾り、妾を抱え、蓄財する。維新の元勲たちのことである。「戊辰の義戦も偏へに私を営みたる姿に成り行き」——あの戦は結局、私腹のためだったことになってしまった、と。記録した弟子は最後に一行を添えている。「頻りに涙を催されける」。批判の言葉ではなく、涙で終わっているところに、この条の重さがある。
この章句が説くこと
万民の上に位する者節倹戊辰の義戦上の手本組織秩序中庸
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