牧民忠告 / 救荒
災異之事,則不可不聞,祥瑞雖不上,可也。
書き下し
災異の事は、則ち聞せざる可からず、祥瑞は上せずと雖も、可なり。
現代語訳
災害や異変については、必ず上に報告しなければならない。めでたい兆しについては、報告しなくてもよい。
解説
本条は短いながら、報告すべき事柄の優先順位を明確に示す。凶事・災異は必ず上申し、吉事・祥瑞は報告しなくてもよいとするのは、為政者の報告が自己の功績を誇示する道具になることを戒め、あくまで民の苦難への対処に資するためのものであるべきだという姿勢の表れである。良い知らせを積極的に伝えて評価を得ようとする一方、悪い知らせを隠して保身を図る、という人の常なる傾向とは正反対の指針である。現代の組織運営においても、都合の良い成果報告ばかりが上がり、問題やトラブルの報告が滞りがちになる「報告の非対称性」は根深い課題であり、悪い情報こそ確実に、良い情報は必要以上に誇示しないという本条の姿勢は、健全な組織のコミュニケーション文化を考える上で示唆に富む。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
上災異報告悪い情報組織文化
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