牧民忠告 / 御下
諸吏曹勿使縱游民間,納交富室,以洩官事,以來訟端,以啟幸門也。暇則召集講經讀律,多方羈縻之,則自然不橫矣。
新字:諸吏曹勿使縦游民間,納交富室,以洩官事,以来訟端,以啟幸門也。暇則召集講経読律,多方羈縻之,則自然不横矣。
書き下し
諸吏曹(しょりそう)をして縦(ほしいまま)に民間に游(あそ)び、富室(ふしつ)に交わりを納(い)れ、以て官事を洩(も)らし、以て訟端(しょうたん)を来(まね)き、以て幸門(こうもん)を啓(ひら)かしむる勿(な)かれ。暇(いとま)あれば則ち召集して経(けい)を講じ律を読ましめ、多方(たほう)に之を羈縻(きび)すれば、則ち自然に横(ほしいまま)ならず。
現代語訳
諸々の役所の下級役人たちを、勝手に民間へ出歩かせ、富豪の家と交際させて、それによって官の内情を漏らさせたり、訴訟の種を招いたり、不正な便宜の入り口を開かせたりしてはならない。暇な時間があれば、彼らを呼び集めて経書を講じ法律を読ませ、様々な方法で引き締めておけば、自然と勝手気ままな振る舞いはなくなる。
解説
本条は下級職員の管理における予防的統制を説く。放置された自由時間や外部との無秩序な交際が、情報漏洩・不正な便宜・訴訟の種を生む温床になると見抜き、暇な時間こそ研修や学習で意図的に埋めるべきだと提言する。単なる禁止ではなく、有意義な活動で規律を保つという発想が現実的である。現代の組織においても、管理の目が届かない時間や外部との無秩序な接触が、情報漏洩や利益相反の温床となることは共通する課題である。管理職は禁止事項を掲げるだけでなく、部下の時間を研修や勉強会などの建設的な活動で満たすことで、自然に規律ある組織文化を作ることができるという示唆を与える。
この章句が説くこと
約束下級職員情報漏洩研修
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