牧民忠告 / 聽訟
起訟有原書,訟牒者是也。蓋蚩蚩之氓暗於刑憲,書訟者誠能開之以枉直,而曉之以利害,鮮有不愧服,兩釋而退者。惟其心利於所獲,含糊其是非,陽解而陰嗾,左縱而右擒,舞智弄民,不厭不已,所以厥今吏按情偽混淆,莫之能信者,蓋職乎此也。大抵一方之訟,宜擇一二老成煉事者使書之,月比而季考,酌其功過而加賞罰焉。若夫毆詈假質,凡不切之訟,聽其從宜諭遣之;諭之而不伏,乃達於官;終無悛心,律以三尺。如此則訟源可清,而民間澆薄之俗庶幾乎復歸於厚矣。
新字:起訟有原書,訟牒者是也。蓋蚩蚩之氓暗於刑憲,書訟者誠能開之以枉直,而暁之以利害,鮮有不愧服,両釈而退者。惟其心利於所獲,含糊其是非,陽解而陰嗾,左縦而右擒,舞智弄民,不厭不已,所以厥今吏按情偽混淆,莫之能信者,蓋職乎此也。大抵一方之訟,宜択一二老成煉事者使書之,月比而季考,酌其功過而加賞罰焉。若夫殴詈仮質,凡不切之訟,聴其従宜諭遣之;諭之而不伏,乃達於官;終無悛心,律以三尺。如此則訟源可清,而民間澆薄之俗庶幾乎復帰於厚矣。
書き下し
訟(しょう)を起こすに原書(げんしょ)有り、訟牒(しょうちょう)なる者是れなり。蓋し蚩蚩(しし)の氓(たみ)は刑憲に暗(くら)し、訟を書する者誠に能く之を開くに枉直(おうちょく)を以てし、之を暁(さと)すに利害を以てすれば、愧服(きふく)せずして両(ふた)つながら釈(と)けて退く者鮮(すくな)し。惟(た)だ其の心獲る所に利あれば、其の是非を含糊(がんこ)にし、陽(おもて)には解き陰(うら)には嗾(そそのか)し、左に縦(ゆる)め右に擒(とら)え、智を舞わし民を弄び、厭(あ)かず已(や)まず、所以(ゆえ)に厥(そ)の今吏(り)情偽(じょうぎ)混淆し、之を能く信ずる莫き者は、蓋し此れに職(もと)づくなり。大抵(たいてい)一方の訟、宜しく一二の老成煉事(ろうせいれんじ)の者を択びて之を書せしむべし。月に比(くら)べ季に考え、其の功過を酌(く)みて賞罰を加う。若(も)し夫れ毆詈仮質(おうりかしつ)、凡そ切ならざるの訟は、其の宜しきに従いて之を諭(さと)し遣(や)るに聴(まか)す。之を諭して伏さざれば、乃ち官に達す。終に悛(あらた)むる心無くば、律するに三尺を以てす。此くの如くんば則ち訟源(しょうげん)清む可くして、民間澆薄(みんかんぎょうはく)の俗庶幾(こいねが)わくは復(ま)た厚きに帰らん。
現代語訳
訴訟が起こる背後には元になる文書があり、それが訴状(訟牒)である。無知な民は刑法に疎いので、訴状を代筆する者が本当に道理の曲直を明らかにし、利害を説いて聞かせれば、恥じ入って納得し、両者ともに和解して引き下がらない者はまずいない。ところが代筆者の中には、自分の利益になることばかり考えて是非を曖昧にし、表では和解を勧めながら裏では煽り、片方を緩めては片方を締め上げ、知恵を弄んで民をもてあそび、飽きることなく続ける者がいる。そのため今、役人が実情と虚偽の見分けがつかず信用できないと言われるのは、こうした代筆者の仕業に由来するのである。おおよそ一地方の訴訟については、経験豊かで事に練達した者を一人二人選んで訴状を書かせ、月ごとに比べ季節ごとに考査し、その功罪を見極めて賞罰を加えるのがよい。殴り合いや口論、仮初めの言いがかりなど、切実でない訴えについては、適宜に諭して帰らせればよい。諭しても納得しなければ役所に届け出させ、それでも改心しなければ法律で裁く。このようにすれば訴訟の源を清くすることができ、民間の薄情な風俗もまた厚い人情に立ち返ることを望めるだろう。
解説

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