晏子春秋 / 諫下・景公藉重而獄多欲託晏子晏子諫
五尺童子操寸之熛,天下不能足之以薪。今君之左右,皆操熛之徒,而君終不知。鐘鼓成肆,干戚成舞,雖禹不能禁民之觀。且夫飾民之欲,而嚴其聽,禁其心,聖人所難也,而況奪其財而饑之,勞其力而疲之,常致其苦而嚴聽其獄,痛誅其罪,非嬰所知也。」
新字:五尺童子操寸之熛,天下不能足之以薪。今君之左右,皆操熛之徒,而君終不知。鐘鼓成肆,干戚成舞,雖禹不能禁民之観。且夫飾民之欲,而厳其聴,禁其心,聖人所難也,而況奪其財而饑之,労其力而疲之,常致其苦而厳聴其獄,痛誅其罪,非嬰所知也。」
書き下し
五尺の童子、寸の熛を操れば、天下も之を足すに薪を以てする能わず。今、君の左右は、皆な熛を操るの徒なり。而るに君終に知らざるなり。鐘鼓は肆を成し、干戚は舞を成す。禹と雖も民の観を禁ずる能わず。且つ夫れ民の欲を飾りて、其の聴を厳しくし、其の心を禁ずるは、聖人も難しとする所なり。而るを況や、其の財を奪いて之を飢えしめ、其の力を労して之を疲れしめ、常に其の苦を致して、厳しく其の獄を聴き、痛く其の罪を誅するをや。嬰の知る所に非ざるなり」と。
現代語訳
背丈五尺の子どもが小さな火種を手にすれば、天下の薪を集めても足りなくなります。いま君のそばにいる者たちは、みな火種を握る者たちです。それなのに君はいつまでも気づかれない。鐘や太鼓が並べられ、干戚の舞が演じられれば、禹でさえ民が見たがるのを止められません。そもそも民の欲を整え、その聞くことを厳しくし、その心を禁じることは、聖人でも難しいことです。まして、その財を奪って飢えさせ、その力を使い果たして疲れさせ、いつも苦しみを与えながら、厳しく訴えを裁き、その罪を痛烈に罰するのは、私にはわかりかねることです」。
解説
この章句が説くこと
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『晏子春秋』諫下・景公藉重而獄多欲託晏子晏子諫景公、藉重くして獄多し。拘わるる者は圄に満ち、怨むる者は朝に満つ。晏子諫むれども、公聴かず。公、晏子に謂いて曰く、「夫れ獄は、国の重官なり。願わくは之を夫子に託せん」と。晏子対えて曰く、「君、将に嬰をして其の功を敕えしめんとするか。則ち嬰に壹妾の能く書くもの有り、以て之を治むるに足る。君、将に嬰をして其の意を敕えしめんとするか。夫れ民は其の家室の生を残い、以て暴上の僻を奉ずるを欲する無し。則ち君は吏をして比べて之を焚かしめんのみ」と。景公説ばず、曰く、「其の功を敕えんには則ち壹妾をして、其の意を敕えんには則ち比べて焚く。是くの如くんば、夫子、国を治むる能くすと謂う所無きか」と。晏子曰く、「嬰聞く、君と異なれり。今、夫の胡狢戎狄の狗を蓄うや、多き者は十有余、寡き者は五六、然れども相い害傷せず。今、雞豚を束ねて妄りに之を投ずれば、其の骨を折り皮を決くこと、立ちどころに見る可し。且つ夫れ上は其の治を正し、下は其の論を審らかにすれば、則ち貴賤相い逾越せず。今、君は千鐘の爵禄を挙げて、妄りに之を左右に投ず。左右之を争うこと、胡狗より甚だし。而るに公知らざるなり。寸の管に当たる無ければ、天下も之を足すに粟を以てする能わず。今、斉国は丈犬は耕し、女子は織り、夜以て日に接ぎ、以て上に奉ずるに足らず。而るに君の側は皆な雕文刻鏤の観あり。此れ当たる無き管なり。而るに君終に知らざるなり。
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『晏子春秋』問上・景公問欲如桓公用管仲以成霸業晏子對以不能今君賢人を疏遠して、讒諛を任じ、民を使うこと勝えざるが若く、藉斂すること得ざるが若く、厚く民より取りて、其の施すこと薄く、多く諸侯に求めて、其の礼を軽んず。府蔵朽蠹して、礼は諸侯に悖り、菽粟深く蔵されて、怨みは百姓に積む。君臣交ごも悪み、而して政刑常無し。臣国の危うく失われて、公の享くるを得ざらんことを恐る、又た悪くんぞ能く先君の功烈を彰らかにして、管子の業を継がんや」と。
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『晏子春秋』諫上・景公愛嬖妾隨其所欲晏子諫且つ詩に曰く、『載ち驂し載ち駟す、君子の届る所』と。夫れ駕八は、固より制に非ず、今又此れを重ぬ、其の制に非ざること、滋ます甚だしからずや。且つ君苟くも之を美とし楽しめば、国は必ず眾く之を為さん。田猟には則ち便ならず、道行き遠きを致すには則ち不可なり。然り而して馬を用うること数倍す、此れ下を禦する道に非ざるなり。耳目に淫して、民の務めに当たらず、此れ聖王の禁ずる所なり。君苟くも之を美とし楽しめば、諸侯必ず或いは我に效わん。君は厚徳善政以て諸侯を被うこと無くして、之を易うるに僻を以てす、此れ民を子とし、名を彰らかにし、遠きを致し、鄰国に親しむ所以の道に非ざるなり。且つ賢良廃滅し、孤寡振わざるに、嬖妾を聴きて禦夫に禄し以て怨みを蓄う、民と仇を為す道なり。詩に曰く、『哲夫は城を成し、哲婦は城を傾く』と。今君は城を成すの求めを思わず、惟だ城を傾くるの務めのみ、国の亡ぶ日至らん、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。遂に復た観ず、乃ち翟王子羨を罷め帰し、嬖人嬰子を疏ず。
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『晏子春秋』諫上・景公信用讒佞賞罰失中晏子諫景公讒佞を信用し、功無きを賞し、辜無きを罰す。晏子諫めて曰く、「臣聞く、明君は聖人を望みて其の教えを信じ、讒佞を聴きて以て誅賞するを聞かず、と。今、左右と相い説び頌えて曰く、『死者に比べて勉めて楽しみを為さんか、吾安んぞ能く仁を為して愈いよ民を黥するのみ』と。故に内に寵せらるる妾は、国に迫り奪い、外に寵せらるる臣は、鄙に矯り奪い、法を執る吏は、並びに百姓に荷う。民は愁苦約病して、奸は驅り尤いよ佚え、情を隠し悪を奄い、其の上を蔽い諂う、故に至聖大賢有りと雖も、豈に能く若き讒に勝たんや。是を以て忠臣の常に災傷有るなり。臣聞く、古の士は、与に之を得可く、与に之を失う可からず、与に之を進む可く、与に之を退く可からず、と。臣請う之を逃れん」と。遂に馬に鞭ちて出ず。公韓子休をして追わしめて曰く、「孤不仁にして、教えに順う能わず、以て此の極みに至る。夫子休国は焉くにか往かん。寡人将に従いて後あらんとす」と。晏子遂に馬に鞭ちて返る。其の僕曰く、「向の去ること何ぞ速かなる。今の返ること又何ぞ速かなる」と。晏子曰く、「子の知る所に非ず、公の言至れり」と。
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『晏子春秋』諫下・景公朝居嚴下不言晏子諫晏子朝し、景公に復して曰く、「朝居は厳なるか」と。公曰く、「朝居厳なれば、則ち曷ぞ国家を治むるに害あらんや」と。晏子対えて曰く、「朝居厳なれば則ち下言う無し、下言う無ければ則ち上聞く無し。下言う無きは則ち吾之を喑と謂い、上聞く無きは則ち吾之を聾と謂う。聾喑にして国家を治むるに害あらざる者は如何ぞや。且つ升鼓の微を合わせて以て倉廩を満たし、疏縷の緯を合わせて以て幃幕を成す。太山の高きも、一石に非ざるなり。卑きを累ねて然る後に高し。夫れ天下を治むる者は、一士の言を用うるに非ざるなり。固より受けて用いざる有り、悪んぞ拒みて受けざる者有らんや」と。
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