晏子春秋 / 諫上・景公病久不愈欲誅祝史以謝晏子諫
公曰:「善解餘惑,加冠。」命會譴毋治齊國之政,梁丘據毋治賓客之事,兼屬之乎晏子。晏子辭,不得命,受,相退,把政,改月而君病悛。公曰:「昔吾先君桓公,以管子為有力,邑狐與穀,以共宗廟之鮮,賜其忠臣,則是多忠臣者。於今忠臣也,寡人請賜子州款。」辭曰:「管子有一美,嬰不如也;有一惡,嬰不忍為也,其宗廟之養鮮也。」終辭而不受。
新字:公曰:「善解余惑,加冠。」命会譴毋治斉国之政,梁丘拠毋治賓客之事,兼属之乎晏子。晏子辞,不得命,受,相退,把政,改月而君病悛。公曰:「昔吾先君桓公,以管子為有力,邑狐与穀,以共宗廟之鮮,賜其忠臣,則是多忠臣者。於今忠臣也,寡人請賜子州款。」辞曰:「管子有一美,嬰不如也;有一悪,嬰不忍為也,其宗廟之養鮮也。」終辞而不受。
書き下し
公曰く、「善し、餘の惑いを解く。冠を加えよ」と。会譴に斉国の政を治むる毋からしめ、梁丘据に賓客の事を治むる毋からしめ、兼ねて之を晏子に属す。晏子辞すも、命を得ず、受け、相い退き、政を把りて、月を改めて君の病悛む。公曰く、「昔、吾が先君桓公は、管子を以て力有りと為し、狐と穀を邑とし、以て宗廟の鮮を共し、其の忠臣に賜う、則ち是れ忠臣多き者なり。今の忠臣に於いて、寡人は請う、子に州款を賜わん」と。辞して曰く、「管子に一美有り、嬰の如かざるなり。一悪有り、嬰の為すに忍びざるなり、其の宗廟の養鮮なり」と。終に辞して受けず。
現代語訳
公は言いました。「よろしい、私の迷いを解いてくれた。冠をかぶせてくれ。」そして会譴に斉国の政を治めさせず、梁丘据に賓客の事を治めさせず、両方を晏子に任せました。晏子は辞退しましたが、命令を免れられず、受けて、会譴・梁丘据と互いに退き、政を取りました。月が改まると、君の病は治りました。公は言いました。「昔、私の先君桓公は、管子に功績があるとして、狐と穀を領地に与え、宗廟に供える新鮮な供物を出させ、忠臣に与えた。それは忠臣の多い者のすることだった。今の忠臣である先生に、私は州款を賜いたい。」晏子は辞して言いました。「管子には一つの美点があり、私は及びません。一つの悪点があり、私にはできません。それが宗廟の供物を養うことでした。」ついに辞退して受けませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢中既に若の法を曰うも、未だ之を行う所以の術を知らざれば、則ち事は猶お未だ成らざるが若し。是を以て必ず為に三本を置く。何をか三本と謂う。曰く、爵位髙からざれば則ち民敬わざるなり、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜざるなり、政令斷ぜざれば則ち民畏れざるなり。故に古の聖王は髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。夫れ豈に其の臣の為に賜わんや。其の事の成らんことを欲すればなり。詩に曰く、「女に憂䘏を告げ、女に序爵を誨う。孰か能く熱を執りて、濯を用いざるは鮮し」と。則ち此れ古者の國君諸侯の、善く承嗣輔佐を執らざる可からざるを語る。之を譬うるに猶お熱を執るに濯有るがごとし。將に其の手を休めんとするなり。古者、聖王は唯だ賢人を得て之を使い、爵を班ちて以て之を貴くし、地を裂きて以て之を封じ、身を終うるまで厭かざるのみ。賢人は唯だ明君を得て之に事え、四肢の力を竭くして、以て君の事に任じ、身を終うるまで倦まざるのみ。若し美善有らば、則ち之を上に歸す。是を以て美善は上に在りて、怨謗する所は下に在り、寧樂は君に在りて、憂慼は臣に在り。故に古者、聖王の政を為すこと此くの若し。
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『韓非子』難三第三十八之を知れば、則ち管仲・寺人を以て自ら解す。君必ず誅せずして自ら以て桓・文の徳有りと為す。是れ臣讎にして明燭らす能はず、多く之に資を仮し、自ら以て賢と為して戒めず、則ち後嗣無しと雖も、亦可ならずや。且つ寺人の言や、直だ君令を飾りて貳せざる者なれば、則ち是れ君に貞なりと。死君復た生くるも、臣愧ぢず、而る後に貞と為す。今恵公朝に卒して暮に文公に事ふ、寺人の不貳何如。人に桓公に隠を設くる者有りて曰く、「一難、二難、三難、何ぞや。」桓公対ふる能はず、以て管仲に告ぐ。管仲対へて曰く、「一難なり、優を近づけて士を遠ざく。二難なり、其の国を去りて数しば海に之く。三難なり、君老いて晩く太子を置く。」桓公曰く、「善し。」日を択ばずして太子を廟礼す。或ひと曰く、管仲の隠を射る、得ざるなり。士の用は近遠に在らず、而して俳優侏儒は固より人主の与に燕する所なり、則ち優を近づけて士を遠ざけて以て治を為すは、其の難に非ざるなり。夫れ勢に処りて其の有を用ふる能はず、而して悖りて国を去らざるは、是れ一人の力を以て一国を禁ずるなり。一人の力を以て一国を禁ずる者は、能く之に勝つこと少なし。明能く遠姦を照らして隠微を見、必行の令あらば、海に遠しと雖も、内必ず変無し。然らば則ち国を去りて海に之きて劫殺せられざるは、其の難に非ざるなり。楚の成王、商臣を置きて以て太子と為し、又公子職を置かんと欲す。商臣難を作し、遂に成王を弑す。公子宰は周の太子なり。公子根寵有り、遂に東州を以て反し、分かれて両国と為る。此れ皆晩く太子を置くの患に非ざるなり。夫れ勢を分かつこと二ならず、庶孽卑しく、寵藉無くんば、大臣に処ると雖も、晩く太子を置くも可なり。然らば則ち晩く太子を置くも、庶孽乱れず、又其の難に非ざるなり。物の所謂難とは、必ず人に借りて勢を成すも己を侵害せしむる勿きは、一難と謂ふべきなり。
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『韓非子』難二第三十七且つ桓公の管仲を得るも又難からず。管仲其の君に死せずして桓公に帰し、鮑叔官を軽んじ能に譲りて之に任ず、桓公の管仲を得ること又難からざること、明らかなり。已に管仲を得たる後、奚ぞ遽かに易からんや。管仲は周公旦に非ず。周公旦は仮りに天子為ること七年、成王壮なれば、之に授くるに政を以てす、天下の為に計るに非ざるなり、其の職の為なり。夫れ子を奪はずして天下を行ふ者は、必ず死君に背きて其の讎に事へず。死君に背きて其の讎に事ふる者は、必ず子を奪ひて天下を行ふを難しとせず。子を奪ひて天下を行ふを難しとせざる者は、必ず其の君の国を奪ふを難しとせず。管仲は、公子糾の臣なり、桓公を殺さんと謀りて能はず、其の君死して桓公に臣たり、管仲の取舎の周公旦に非ざること、知る可きなり。若し管仲をして大賢ならしめば、且に湯・武と為らんとす。湯・武は、桀・紂の臣なり。桀・紂乱を作し、湯・武之を奪ふ。今桓公易きを以て其の上に居る、是れ桀・紂の行を以て湯・武の上に居るなり、桓公危ふし。若し管仲をして不肖の人ならしめば、且に田常と為らんとす。田常は、簡公の臣なり、而して其の君を弑す。今桓公易きを以て其の上に居る、是れ簡公の易きを以て田常の上に居るなり、桓公又危ふし。管仲の周公旦に非ざること以て明らかなり、然れども湯・武と田常とに為ること、未だ知る可からざるなり。湯・武と為らば、桀・紂の危ふき有り。田常と為らば、簡公の乱有るなり。已に仲父を得たる後、桓公奚ぞ遽かに易からんや。若し桓公の管仲に任ずるをして、必ず己を欺かざるを知らしめば、是れ主を欺かざるの臣を知るなり。然れども主を欺かざるの臣を知ると雖も、今桓公管仲に任ずるの専らなるを以て竪刁・易牙に借し、蟲流れて戸を出でて葬られず、桓公は臣の主を欺くと主を欺かざるとを知らざること已に明らかなり、而るに臣に任ずること彼の如く其れ専らなり、故に曰く、桓公は闇主なり、と。
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『韓非子』外儲說左下第三十三襄主曰く、「子の処は、人の欲する所なり、何為れぞ徐子を言ひて以て自ら代らしむる。」曰く、「臣は力を以て君に事ふる者なり。今徐子の力臣より多し、臣以て自ら代らしめずんば、恐らくは他人之を言ひて罪と為さん。」一に曰く、少室周襄主の驂乗と為り、晋陽に至る、力士牛子耕有り、与に角力して勝たず。周主に言ひて曰く、「主の臣をして驂乗たらしむる所以の者は、臣の力多きを以てなり。今臣より力多き者有り、願はくは之を進めん。」二。斉の桓公将に管仲を立てんとし、群臣に令して曰く、「寡人将に管仲を立てて仲父と為さんとす。善しとする者は門に入りて左せよ、善しとせざる者は門に入りて右せよ。」東郭牙門に中して立つ。公曰く、「寡人管仲を立てて仲父と為さんとし、令して曰く、善しとする者は左せよ、善しとせざる者は右せよ、と。今子何為れぞ門に中して立つ。」牙曰く、「管仲の智を以て、能く天下を謀ると為すか。」公曰く、「能くす。」「断を以て、敢て大事を行ふと為すか。」
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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『智囊』靈變・管仲斉の桓公、鮑叔の薦めに因り、人をして管仲を魯に請わしむ。施伯曰く、「是れ固より将に之を用いんとす。夷吾、斉に用いらるれば、則ち魯危うし。殺して屍を以て之に授くるに如かず」と。魯君、仲を殺さんと欲し、人をして曰わしむ、「寡君、親ら以て戮と為さんと欲す。如し屍を得るとも、猶お未だ得ざるが如し」と。乃ち束縛して之を檻し、役人をして載せて之を斉に送らしむ。管子、魯の追いて之を殺さんことを恐れ、速く斉に至らんと欲し、因りて役人に謂いて曰く、「我、汝の為に唱わん。汝、我の為に和せよ」と。其の唱う所、適々走るに宜しく、役人倦まずして、道を取ること甚だ速し。呂不韋曰く、「役人は其の欲する所を得、管子も亦た其の欲する所を得たり」と。陳明卿曰く、「桓公をして亦た其の欲する所を得しめたり」と。
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