正法眼蔵随聞記 / 巻六
示して云く、海中に龍門と云處ありて、洪波しきりにたつなり、諸の魚ども彼の處を過ぬれば、必ず龍となるなり、故に龍門と云なり、いま思ふ、彼の處洪波も他所にことならす、水も同くしはゆき水なり、然れども定まれる不思議にて、魚ども彼の處を渡れば必ず龍と成る、魚の鱗もあらたまらず、身も同じ身ながら、たちまちに龍となるなり、
新字:示して云く、海中に竜門と云処ありて、洪波しきりにたつなり、諸の魚ども彼の処を過ぬれば、必ず竜となるなり、故に竜門と云なり、いま思ふ、彼の処洪波も他所にことならす、水も同くしはゆき水なり、然れども定まれる不思議にて、魚ども彼の処を渡れば必ず竜と成る、魚の鱗もあらたまらず、身も同じ身ながら、たちまちに竜となるなり、
書き下し
示して云く、海中に竜門と云処ありて、洪波しきりにたつなり、諸の魚ども彼の処を過ぬれば、必ず竜となるなり、故に竜門と云なり、いま思ふ、彼の処洪波も他所にことならす、水も同くしはゆき水なり、然れども定まれる不思議にて、魚ども彼の処を渡れば必ず竜と成る、魚の鱗もあらたまらず、身も同じ身ながら、たちまちに竜となるなり、
現代語訳
示して言われた。海の中に龍門という処があって、大波がしきりに立っている。もろもろの魚がその処を過ぎれば、必ず龍となるのである。だから龍門と言う。今思うに、その処の大波も他の場所と違わず、水も同じ塩辛い水である。けれども決まった不思議によって、魚どもがその処を渡れば必ず龍となる。魚の鱗も改まらず、身も同じ身のままで、たちまちに龍となるのである。
解説
龍門の伝説を、変身譚としてではなく、場所の力の話として読み直している。波も水も他と変わらないと二度も念を押し、魚の側も鱗一枚変わっていないと言う。変わったのはどこを通ったかだけで、この後、叢林に入ることがその龍門にあたると説かれる。
この章句が説くこと
竜門場叢林転機身不思議
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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