正法眼蔵随聞記 / 巻四
予昔年初て建仁寺に入りし時は、僧衆隨分に三業を守て、佛道の爲め、利他のために、惡きことをば云はじせじと、各各志させしなり、僧正の德の餘殘ありしほどは、かくの如くなりき、今時は其の儀なし、今の學者しるべし、決定して、自他の爲め佛道の爲に詮あるべきことならば、身をわすれても言ひ、若くは行ひもすべきなり、其の詮なきことは言行すべからず、宿老耆年の言行する時は、末臘の人は言ばをまじふべからず、是れ佛制なり、能々是れを思ふべし、身をわすれて道を思ふことは、俗猶此の心あり、
新字:予昔年初て建仁寺に入りし時は、僧衆随分に三業を守て、仏道の為め、利他のために、悪きことをば云はじせじと、各各志させしなり、僧正の徳の余残ありしほどは、かくの如くなりき、今時は其の儀なし、今の学者しるべし、決定して、自他の為め仏道の為に詮あるべきことならば、身をわすれても言ひ、若くは行ひもすべきなり、其の詮なきことは言行すべからず、宿老耆年の言行する時は、末臘の人は言ばをまじふべからず、是れ仏制なり、能々是れを思ふべし、身をわすれて道を思ふことは、俗猶此の心あり、
書き下し
予昔年初て建仁寺に入りし時は、僧衆随分に三業を守て、仏道の為め、利他のために、悪きことをば云はじせじと、各各志させしなり、僧正の徳の余残ありしほどは、かくの如くなりき、今時は其の儀なし、今の学者しるべし、決定して、自他の為め仏道の為に詮あるべきことならば、身をわすれても言ひ、若くは行ひもすべきなり、其の詮なきことは言行すべからず、宿老耆年の言行する時は、末臘の人は言ばをまじふべからず、是れ仏制なり、能々是れを思ふべし、身をわすれて道を思ふことは、俗猶此の心あり、
現代語訳
わたしが昔、初めて建仁寺に入った時は、僧たちが分に応じて身口意の三業を守って、仏道のため、他を利するために、悪い事は言うまい、するまいと、それぞれ志していたのである。僧正の徳の名残りがあった間は、このようであった。今どきはその趣きがない。今の学者は知るべきである。決まって、自他のため仏道のために意味があるはずのことであるならば、身を忘れても言い、もしくは行いもすべきである。その甲斐のないことは言い行ってはならない。年功を積んだ老僧が言い行う時は、後輩の人は言葉を交えてはならない。これが仏の制である。よくよくこれを思うべきである。身を忘れて道を思うことは、俗世でさえこの心がある。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』耕柱子墨子、駱滑氂に謂いて曰く、「我れ子の勇を好むと聞く」と。駱滑氂曰く、「然り。我れ其の鄉に勇士有りと聞かば、吾れ必ず従いて之を殺さん」と。子墨子曰く、「天下、其の好む所に與して、其の惡む所を奪わんと欲せざるは莫し。今、子、其の鄉に勇士有りと聞かば、必ず従いて之を殺さんとす。是れ勇を好むに非ざるなり、是れ勇を惡むなり」と。
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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易経・繋辞上子曰く、「君子其の室に居りて、其の言を出だすに、善なれば則ち千里の外も之に応ず。況んや其の邇(ちか)き者をや。其の室に居りて、其の言を出だすに善ならざれば、則ち千里の外も之に違(たが)う。況んや其の邇き者をや。言は身より出でて、民に加わり、行いは邇きより発して、遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機(すうき)なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。言行は、君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや」と。
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「言、以て行いを復するに足る者は、之を常とす。以て行いを舉ぐるに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを舉ぐるに足らずして之を常とするは、是れ口を蕩かすなり」と。
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説苑・說叢君子の言は寡くして實あり、小人の言は多くして虛あり。君子の學や、耳に入り、心に藏し、之を行うに身を以てす。君子の治や、見るに足らざるに始まり、及ぶべからざるに終わる。君子は福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす。君子は人を擇びて取り、人を擇ばずして與う。君子は實なること虛の如く、有ること無きが如し。
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『墨子』貴義子墨子曰く、言、以て行いを遷すに足る者は、之を常とす。以て行いを遷すに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを遷して之を常とするは、是れ口を蕩かすなり。