囲炉夜話 / 第十一則・自己を太だ高く看る
把自己太看高了,便不能長進。把自己太看低了,便不能振興。
書き下し
自己を把りて太だ高く看了れば、便ち長進する能はず。自己を把りて太だ低く看了れば、便ち振興する能はず。
現代語訳
自分をあまりに高く見てしまえば、それ以上伸びることはできません。自分をあまりに低く見てしまえば、奮い立つことはできません。
解説
自己評価の高すぎも低すぎも成長を止めるという一則です。原文は「把」「了」を使った口語的な言い回しで、炉端で家族に語る調子がそのまま残っています。自分を高く見すぎる人は、もう学ぶことはないと思い、人の意見を聞かなくなります。反対に低く見すぎる人は、どうせ無理だと思い、挑戦をやめてしまいます。長進は学問や人柄が伸びること、振興は奮い立って盛り返すことです。謙虚と自信は対立するものではなく、両方をほどよく持つことが大切だと、対句の形で示しています。自分への評価は、事実に即して等身大に置くのがよいのです。
この章句が説くこと
謙虚自信成長自省修身
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