幽夢影 / 巻下・無遮大會を建てんと欲す
予嘗欲建一無遮大會,一祭歷代才子,一祭歷代佳人。俟遇有眞正高僧,即當爲之。
新字:予嘗欲建一無遮大会,一祭歴代才子,一祭歴代佳人。俟遇有真正高僧,即当為之。
書き下し
予嘗て一の無遮大會を建て、一は歷代の才子を祭り、一は歷代の佳人を祭らんと欲す。眞正の高僧に遇ふこと有るを俟ちて、即ち當に之を爲すべし。
現代語訳
私はかつて、無遮大会を開いて、一つには歴代の才子を祭り、一つには歴代の佳人を祭りたいと思ったことがあります。本当の高僧に出会えたら、すぐにでもそれを行うつもりです。
解説
不遇のうちに世を去った才子佳人の霊を慰めたいという、張潮の願いを述べた一則です。無遮大会は、身分や僧俗の別なく、誰にでも分け隔てなく施しをする仏教の大法会です。張潮は、古来の才ある人や美しい人の多くが報われずに亡くなったことを惜しみ、その霊を供養したいと考えました。ただし、それには本物の高僧が必要だと条件をつけています。友人の僧中洲は「私こそ真の高僧だ、すぐにやりましょう」と名乗り出て、同じく僧の遠峰が「中洲和尚、私の施主を奪うな」と割り込んでいます。顧天石は「二、三十年後にしてくれれば自分も供養を受けられる」と笑わせます。過去の人々への敬意を形にしたいという思いが、仲間の軽口の中に温かく響きます。
この章句が説くこと
供養才子佳人仏教敬意
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
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説苑・雜言仲尼曰く、「史に君子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、直にして能く人に曲がる」と。
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孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、ᰰ黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
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史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
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論語・子罕篇子、斉衰者、冕衣裳者と瞽者とを見れば、之を見て、少しと雖も必ず作ち、之を過ぐれば必ず趨る。