幽夢影 / 巻下・貧にして驕る無く富みて諂ふ無し
貧而無諂,富而無驕,古人之所賢也;貧而無驕,富而無諂,今人之所少也。足以知世風之降矣。
書き下し
貧にして諂ふ無く、富みて驕る無きは、古人の賢とする所なり。貧にして驕る無く、富みて諂ふ無きは、今人の少き所なり。以て世風の降るを知るに足る。
現代語訳
貧しくてもへつらわず、豊かでもおごらないのは、古人が立派だとしたことです。ところが、貧しくてもおごらず、豊かでもへつらわない人は、今の世には少なくなりました。これで世の風俗が下り坂になっていることが分かります。
解説
『論語』の有名な問答を、言葉の順序を入れ替えるだけで現代批判に変えた一則です。子貢が「貧しくてへつらわず、富んでおごらないのはどうでしょう」と問うた言葉は、昔の人の理想でした。張潮はこれをひっくり返し、今は貧しい者がおごり、富んだ者がさらに上の権力者にへつらう世の中になったと嘆きます。立場と態度の組み合わせが、すっかり逆転してしまったというのです。友人の許耒菴は「戦国時代にすでに貧賤の者こそ人におごるという説があった」と指摘し、張竹坡は「同じ人が同時に、こちらにはへつらい、あちらにはおごるのが一番始末に悪い」と評しています。相手によって態度を変えていないか、省みたくなります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚論語世風修身処世
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