幽夢影 / 巻下・官聲は輿論に採る
官聲採於輿論,豪右之口與寒乞之口,俱不得其眞;花案定於成心,艷媚之評與寢陋之評,概恐失其實。
新字:官声採於輿論,豪右之口与寒乞之口,倶不得其真;花案定於成心,艶媚之評与寝陋之評,概恐失其実。
書き下し
官聲は輿論に採るも、豪右の口と寒乞の口とは、俱に其の眞を得ず。花案は成心に定むるも、艷媚の評と寢陋の評とは、概ね恐らくは其の實を失はん。
現代語訳
役人の評判は世論から取るものですが、有力者の口から出るものも、貧しい者の口から出るものも、どちらも真実をつかんではいません。遊里の女性の品定めは先入観で決まるものですが、あでやかだという評も醜いという評も、おおむね実際を外れているでしょう。
解説
人の評判がいかに当てにならないかを、役人と遊里の品定めという二つの例で示した一則です。豪右は地元の有力者、寒乞は貧しい者のことです。有力者は自分に便宜を図る役人をほめ、貧しい者は施しのない役人をけなしがちで、どちらも利害で語るので真実にはなりません。花案は遊里の女性たちを番付にした品定めで、成心、つまり先入観で決まりやすいものでした。友人の黄九煙は、村の善い人に好かれ悪い人に憎まれるのが本当によい人だという『論語』の言葉を引いています。評判を聞くときは、誰がどんな立場で言っているのかを見きわめる必要があります。
この章句が説くこと
評判輿論公正見方処世
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