幽夢影 / 巻上・一介の士は必ず密友有り
一介之士,必有密友。密友不必定是刎頸之交,大率雖千百里之遙,皆可相信,而不爲浮言所動;聞有謗之者,即多方爲之辯析而後已;事之宜行宜止者,代爲籌畫決斷;或事當利害關頭,有所需而後濟者,即不必與聞,亦不慮其負我與否,竟爲力承其事。此皆所謂密友也。
新字:一介之士,必有密友。密友不必定是刎頸之交,大率雖千百里之遥,皆可相信,而不為浮言所動;聞有謗之者,即多方為之弁析而後已;事之宜行宜止者,代為籌画決断;或事当利害関頭,有所需而後済者,即不必与聞,亦不慮其負我与否,竟為力承其事。此皆所謂密友也。
書き下し
一介の士は、必ず密友有り。密友は必ずしも定めて是れ刎頸の交はりならず、大率千百里の遙かなりと雖も、皆相信ずべくして、浮言の動かす所と爲らず。之を謗る者有るを聞けば、即ち多方に之が爲に辯析して而る後に已む。事の宜しく行ふべく宜しく止むべき者は、代はりて爲に籌畫決斷す。或いは事利害の關頭に當たりて、需むる所有りて而る後に濟す者は、即ち必ずしも與り聞かず、亦其の我に負くや否やを慮らず、竟に爲に力めて其の事を承く。此れ皆所謂密友なり。
現代語訳
ひとかどの人物には、必ず親密な友がいるものです。親密な友とは、必ずしも首をはねられても悔いのない刎頸の交わりでなくてもかまいません。おおよそ、千里百里も離れていても互いに信じ合い、根も葉もない噂に動かされない人のことです。誰かが友を悪く言っていると聞けば、すぐにあれこれと手を尽くして弁明し、はっきりさせるまでやめません。物事を進めるべきか止めるべきかの場面では、代わりに計画を立てて決断してくれます。あるいは利害の分かれ目に当たって、助けがあって初めて成しとげられるようなときには、相談を受けていなくても、自分を裏切るかどうかも心配せず、ついには力を尽くしてその事を引き受けてくれます。これらがみな、いわゆる親密な友です。
解説
前の則を受けて、密友とはどういう人かを具体的に描いた一則です。一介の士は、身分は高くなくとも一人前の志ある人のことです。刎頸の交わりは、戦国時代の藺相如と廉頗が互いのために首をはねられても悔いないと誓った故事から来た言葉です。張潮はそこまで劇的でなくてもよいとし、遠く離れても信じ合い、噂に惑わされず、陰口には弁護し、迷ったときには決断を助け、いざというときには見返りを考えずに力を貸す人を密友と呼びます。友人の殷日戒は、後段はさらに心がこもって行き届いており、その人柄が想像できると評しています。こうした友を求めるだけでなく、自分がそういう友になれているかを問いたくなります。
この章句が説くこと
交友信義密友友道誠実
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