尚書 / 君陳
至治馨香,感于神明。黍稷非馨,明德惟馨
新字:至治馨香,感于神明。黍稷非馨,明徳惟馨
書き下し
至治は馨香にして、神明に感ず。黍稷は馨と非ず、明德のみ惟れ馨し。
現代語訳
この上ない善政はよい香りのように立ちのぼり、神明をも感応させる。供え物の黍や稷が香っているのではなく、明らかな徳こそが香っているのである。
解説
人の心を本当に動かすのは、立派な供え物や形式的な体裁ではなく、行いに宿る誠実さそのものだと説く一句である。贈り物の豪華さや儀式の整い方に力を入れても、そこに誠実さが伴っていなければ、相手の心にはさほど残らない。反対に、質素であっても心のこもった行動や言葉は、香りのように静かに周囲に伝わり、長く記憶に残っていく。何を差し出すかより、そこにどんな心を込めているかが、結局は人の心を動かしている。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
この章句が説くこと
誠実徳本質
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尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
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