尚書 / 君陳
至治馨香,感于神明。黍稷非馨,明德惟馨
新字:至治馨香,感于神明。黍稷非馨,明徳惟馨
書き下し
至治は馨香にして、神明に感ず。黍稷は馨と非ず、明德のみ惟れ馨し。
現代語訳
この上ない善政はよい香りのように立ちのぼり、神明をも感応させる。供え物の黍や稷が香っているのではなく、明らかな徳こそが香っているのである。
解説
人の心を本当に動かすのは、立派な供え物や形式的な体裁ではなく、行いに宿る誠実さそのものだと説く一句である。贈り物の豪華さや儀式の整い方に力を入れても、そこに誠実さが伴っていなければ、相手の心にはさほど残らない。反対に、質素であっても心のこもった行動や言葉は、香りのように静かに周囲に伝わり、長く記憶に残っていく。何を差し出すかより、そこにどんな心を込めているかが、結局は人の心を動かしている。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
誠実徳本質
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史記 楽書姦声乱色は聡明に留めず、淫楽廃礼は心術に接せず、惰慢邪辟の気は身体に設けず、耳目鼻口心知百体をして皆順正に由りて、以て其の義を行はしむ。然る後に発するに声音を以てし、文るに琴瑟を以てし、動かすに干戚を以てし、飾るに羽旄を以てし、従ふるに簫管を以てし、至徳の光を奮ひ、四気の和を動かし、以て万物の理を著す。是の故に清明は天に象り、広大は地に象り、終始は四時に象り、周旋は風雨に象る。五色文を成して乱れず、八風律に従ひて姦ならず、百度数を得て常有り。小大相成り、終始相生じ、倡和清濁、代はる代はる相経と為る。故に楽行はれて倫清く、耳目聡明に、血気和平にして、風を移し俗を易へ、天下皆寧し。故に曰く「楽とは楽しむなり」と。君子は其の道を得るを楽しみ、小人は其の欲を得るを楽しむ。道を以て欲を制すれば、則ち楽しみて乱れず。欲を以て道を忘るれば、則ち惑ひて楽しまず。是の故に君子は情に反りて以て其の志を和し、楽を広めて以て其の教へを成し、楽行はれて民方に郷ふ、以て徳を観るべし。徳とは、性の端なり。楽とは、徳の華なり。金石糸竹は、楽の器なり。詩は、其の志を言ふなり。歌は、其の声を詠ずるなり。舞は、其の容を動かすなり。三者心に本づきて、然る後に楽気之に従ふ。是の故に情深くして文明らかに、気盛んにして化神なり、和順中に積もりて英華外に発す、唯楽のみ以て偽りを為すべからず。楽とは、心の動くなり。声とは、楽の象なり。文采節奏は、声の飾りなり。君子は其の本を動かし、其の象を楽しみ、然る後に其の飾りを治む。是の故に先づ鼓して以て警戒し、三歩して以て方を見し、再び始めて以て往くを著し、復た乱して以て帰るを飭め、奮疾にして抜けず、極幽にして隠れず。独り其の志を楽しみ、其の道を厭はず、備さに其の道を挙げ、其の欲を私せず。
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『講孟余話』盡心上 第三十章是の章、湯・武の之を身にするに傚ふ時は、終には堯・舜の之を性にすると同一になることを云ひて、人を励まし、又深く五覇の之を仮るを戒むるなり。之を仮るは実心に之なきことを有る容子に外に偽飾することなれば、誠に学問に於て極めて悪事とするなり。之を身にするの工夫は、上章井を掘るの喩へを以て知るべし。「伊尹の志あれば則ち可なり」、一語乱臣賊子をして骨寒からしむ。真に身を設けて其の地に置かば自ら知らん。此の語の功、豈に夫子の麟経の下に居らんや。此の義萬章下篇末章、貴戚の卿君の位を易ふるの下に於て割記す、往きて見るべし。右五月二十三夜。第三十二章。
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『春秋左氏伝』昭公二十年 祝史は信を薦む外内廢せず、上下怨無く、動きて事に違ふこと無し。其の祝史信を薦めて、愧づる心無し。是を以て鬼神用(もつ)て饗け、國其の福を受け、祝史も與る。其の蕃祉老壽なる所以の者は、信君の使ひ為ればなり。其の言鬼神に忠信なり。其れ適々淫君に遇へば、外内頗邪にして、上下怨疾し、動作辟違して、欲に從ひ私を厭(あ)かす。高臺深池、鍾を撞き女を舞はし、民力を斬刈し、其の聚を輸掠して、以て其の違を成し、後人を恤へず。暴虐淫從、肆に度に非ざるを行ひ、還忌する所無く、謗讟を思はず、鬼神を憚らず、神怒り民痛めども、心に悛(あらた)むる無し。其の祝史信を薦むれば、是れ罪を言ふなり。其れ失を蓋ひ美を數ふれば、是れ矯誣なり。進退辭無ければ、則ち虛にして以て媚を求む。是を以て鬼神其の國に饗けずして以て之に禍し、祝史も與る。夭昏孤疾する所以の者は、暴君の使ひ為ればなり。其の言鬼神に僭嫚なり」と。
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『春秋左氏伝』昭公二十年 祝史を誅せんとす齊侯疥(かい)し、遂に痁(せん)す。期にして瘳えず。諸侯の賓疾を問ふ者多く在り。梁丘據と裔款と公に言ひて曰く、「吾鬼神に事ふること豐かにして、先君に於いて加ふること有り。今君疾病して、諸侯の憂ひと為る。是れ祝史の罪なり。諸侯知らず、其れ我を不敬と謂はん。君盍ぞ祝固・史嚚を誅して、以て賓に辭せざる」と。公說び、晏子に告ぐ。晏子曰く、「日(さき)に宋の盟に、屈建范會の德を趙武に問ふ。趙武曰く、『夫子の家事治まり、晉國に言ひて、情を竭くして私無し。其の祝史祭祀して、信を陳べて愧ぢず。其の家事猜無く、其の祝史祈らず』と。建以て康王に語る。康王曰く、『神人怨無し。宜なるかな夫子の光(おほ)いに五君を輔けて、以て諸侯の主と為すこと』と」と。公曰く、「據と款と、寡人能く鬼神に事ふと謂ふ。故に祝史を誅せんと欲す。子是の語を稱するは、何の故ぞ」と。對へて曰く、「若し有德の君ならば、
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『童子問』卷上問ふ、忠信は固より美徳たり。然れども信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊なり。則ち又未だ必ずしも蔽無からず。曰く、然り。語に曰く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。孟子曰く、「大人は、言必ずしも信ならず、行ひ必ずしも果ならず、唯義の在る所のままにす」と。蓋し徒に信を好みて義に合はざれば、必ず道を害す。然れども十分に通徹し、必ず忠に必ず信にして、而る後に以て此の言を為すべし。若し内に忠信を尽くさず、少しの疎漏有れば、則ち先づ義を併せて之を失ふ。何の学問か之有らん。蓋し物に接するの間、欺かず詐らず、十分真実にして、堅く執りて回らざる、忠信の謂なり。千変万化、機に臨みて宜しきを制し、取捨失はざる、義の功なり。忠信は万事の根本、義は学問の大用なり。故に学者は当に忠信を以て基と為して、義以て之を制すべし。故に曰く、「忠信を主とし義に従ふは、徳を崇くするなり」と。夫子も亦嘗て曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。忠信は固より美徳たり、然れども学びて以て之を成さざれば、則ち善と為すに足らざるを言ふなり。此れ亦学者の当に慮りを弾くすべき所なり。
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『晏子春秋』諫下・景公欲以聖王之居服而致諸侯晏子諫景公晏子に問いて曰く、「吾聖王の服を服し、聖王の室に居らんと欲す、此の如くんば、則ち諸侯其れ至らんか」と。晏子対えて曰く、「其の節倹に法るは則ち可なり、其の服室に法るは益無きなり。三王服を同じくせずして王たり、服を以て諸侯を致すに非ず。民を愛するに誠にして、善を行うに果、天下其の徳に懐き、其の義に帰す、若し其の衣服節倹にして衆説ぶがごときなり。夫れ冠は以て敬を修むるに足る、其の飾りを務めず。衣は以て形を掩うに足る、其の美を務めず。衣に隅差の削無く、冠に觚嬴の理無く、身服は彩を雑えず、首服は鏤刻せず。且つ古者嘗て紩衣攣領にして天下に王たる者有り、其の政は生を好み殺を悪み、上を節して下を羨う、天下其の服に朝せずして共に其の義に帰す。古者嘗て橧巣窟穴に処りて天下に王たる者有り、其の政は而して悪まず、予えて取らず、天下其の室に朝せずして共に其の仁に帰す。三代の服を作るに及びて、益ます敬を為すなり。首服は以て敬を修むるに足りて重からざるなり。身服は以て潔きを行うに足りて動作を害せず。服の軽重は身に便にして、用財の費は民に順う。