幽夢影 / 巻上・何をか善人と謂ふ
何謂善人,無損於世者則謂之善人;何謂惡人,有害於世者則謂之惡人。
新字:何謂善人,無損於世者則謂之善人;何謂悪人,有害於世者則謂之悪人。
書き下し
何をか善人と謂ふ、世に損無き者は則ち之を善人と謂ふ。何をか惡人と謂ふ、世に害有る者は則ち之を惡人と謂ふ。
現代語訳
善人とは何でしょうか。世の中に損害を与えない者を善人といいます。悪人とは何でしょうか。世の中に害を与える者を悪人といいます。
解説
善人と悪人の定義を、世の中への影響という一点で言い切った一則です。善人とは大きな功績を立てる人ではなく、まずは世の中に損を与えない人だとする、控えめで現実的な基準です。反対に悪人とは、世の中に害を及ぼす人です。高い理想で人を測るのではなく、少なくとも人に迷惑をかけないことを善の入り口に置いているところに、張潮の実際的な人間観がうかがえます。友人の江含徵は、世の中に害を与えながら、かえって善人の評判を得ている者がいる、実は利を好みながら表向き名声の高い者で、これこそ悪人の最たるものだと鋭く付け加えています。人の評判と、実際に周りに与えている影響とは、分けて見る必要があります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身善悪処世社会評判
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