幽夢影 / 巻上・三者都て是なる處無し
延名師,訓子弟;入名山,習舉業;丐名士,代捉刀。三者都無是處。
新字:延名師,訓子弟;入名山,習舉業;丐名士,代捉刀。三者都無是処。
書き下し
名師を延きて、子弟を訓へ、名山に入りて、舉業を習ひ、名士に丐ひて、刀を捉るに代へしむ。三者は都て是なる處無し。
現代語訳
名高い先生を招いて子弟を教えさせること、名高い山にこもって科挙の受験勉強をすること、名高い文士に頼みこんで代筆をしてもらうこと。この三つはどれも良いところがありません。
解説
名前ばかりにこだわる三つの行いを戒めた一則です。有名な先生を招いても、子どもに合う教え方ができるとは限りません。名山は本来、修養や隠棲の場であって、出世のための科挙の勉強とは相容れません。名士に代筆を頼めば、自分の名で他人の文章を出すことになります。捉刀は、魏の曹操が使者に会う際、代わりの者を座らせ、自分は刀を持って脇に立っていたという故事から、代わりを務めることを指します。友人の陳康疇は、要するに名前だけで、良し悪しはもともと気にしていないのだと評しています。肩書や評判で物事を選ぶのではなく、中身が目的に合っているかを見る目が大切です。
この章句が説くこと
処世教育学問名声虚飾
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