酔古堂剣掃 / 集醒・讀書を好むは身後の名を求むるに非ず
好讀書非求身後之名,但異見異聞,心之所願。是以孜孜搜討,欲罷不能,豈為聲名勞七尺也。
新字:好読書非求身後之名,但異見異聞,心之所願。是以孜孜捜討,欲罷不能,豈為声名労七尺也。
書き下し
讀書を好むは身後の名を求むるに非ず、但だ異見異聞は、心の願ふ所なり。 是を以て孜孜として搜討し、罷めんと欲して能はず、豈に聲名の爲に七尺を勞せんや。
現代語訳
私が読書を好むのは、死後の名声を求めるからではありません。ただ、まだ見たことのない事柄、聞いたことのない話に触れるのが、心の願いなのです。だからこそ、せっせと探し求めて、やめようと思ってもやめられないのです。どうして名声のためにこの七尺の身を苦しめたりするでしょうか。
解説
読書の動機を、名声ではなく知ることの喜びに置いた一則です。身後の名は死後に残る名声、異見異聞は珍しい見聞のことです。孜孜はたゆまず励むさま、七尺は一人前の男の体を指す言い方です。「罷めんと欲して能はず」は『論語』子罕篇で顔回が孔子の学問を讃えた言葉を踏まえています。好奇心から出た学びは、人に命じられなくても続き、苦労が苦労になりません。反対に、評価や肩書を目当てにした勉強は、目的を達すると途絶えがちです。資格や成果のために学ぶ場面が多い今日だからこそ、ただ知りたいから読むという原点を大事にしたいものです。
この章句が説くこと
読書学問名声好奇心無欲
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