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幽夢影 / 巻上・學びて園に灌ぐのみ

躬耕吾所不能,學灌園而已矣;樵薪吾所不能,學薙草而已矣。

新字:躬耕吾所不能,学灌園而已矣;樵薪吾所不能,学薙草而已矣。

書き下し

躬ら耕すは吾が能はざる所、園に灌ぐことを學ぶのみ。薪を樵るは吾が能はざる所、草を薙ぐことを學ぶのみ。

現代語訳

自分で田を耕すことは私にはできません。畑に水をやることを学ぶだけです。薪を切り出すことは私にはできません。草を刈ることを学ぶだけです。

解説

文人が自分にできる範囲の労働を語った、控えめでユーモアのある一則です。田を耕すのも山で薪を切るのも、体力のない読書人には無理なので、せめて庭の水やりと草刈りを学ぼうと言います。論語には、弟子の樊遅が農業や野菜作りを学びたいと願い、孔子が自分は老農や老圃に及ばないと答えた話があります。友人の汪扶晨はそれを踏まえ、老農でなく老圃になるのだから半分の樊遅だと評しています。釈菌人は、草を刈るという言葉の裏に、よくないものを除く意志がほのかに見えると読んでいます。できないことを見栄で語らず、できることから身を動かす姿勢は好ましいものです。

この章句が説くこと

勤労謙虚閑適園芸自足

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