仏遺教経 / 世は実に危脆なり
世實危脆、無堅牢者、我今得滅、如除惡病。此是應捨之身、罪惡之物、假名為身、沒在老病生死大海、何有智者、得除滅之、如殺怨賊而不歡喜!
新字:世実危脆、無堅牢者、我今得滅、如除悪病。此是応捨之身、罪悪之物、仮名為身、没在老病生死大海、何有智者、得除滅之、如殺怨賊而不歓喜!
書き下し
世は実に危脆にして、堅牢なる者無し。我れ今、滅を得るは、悪病を除くが如し。此れは是れ応に捨つべきの身、罪悪の物なり。仮に名づけて身と為すも、老病生死の大海に没在す。何ぞ智者有りて、これを除滅するを得て、怨賊を殺すが如く、而も歓喜せざらんや。
現代語訳
世は実にもろく、堅固なものは何もない。私が今、滅を得るのは、悪い病を除くようなものである。これは捨てるべき身であり、罪悪の物である。仮に身と名づけてはいるが、老・病・生・死の大海に沈んでいる。どうして智慧ある者が、これを除き滅ぼすことを得て、仇の賊を殺したように喜ばないでいられようか。
解説
自分の死を「悪い病が取れるようなもの」と言い、喜ばない者があろうか、と結ぶ。悲しむ弟子たちへの慰めとして置かれているが、慰め方が独特である。惜しむ気持ちを認めたうえで別の見方を差し出すのではなく、そもそも惜しむ対象ではないと言い切る。「世は実に危脆にして、堅牢なる者無し」——もろくないものは何もない、という前提から始まるので、身体だけが例外ではないことになる。前段で「会えば必ず離れ有り」と言った後にこれが来る。無常を嘆きの理由ではなく、当然の前提として置き直す一段である。
この章句が説くこと
世は実に危脆なり堅牢なる者無し悪病を除くが如し老病生死の大海無常
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