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仏遺教経 / 精進

汝等比丘、若勤精進、則事無難者、是故汝等當勤精進。譬如小水長流、則能穿石。若行者之心數數懈廢、譬如鑽火、未熱而息、雖欲得火、火難可得。是名精進。

新字:汝等比丘、若勤精進、則事無難者、是故汝等当勤精進。譬如小水長流、則能穿石。若行者之心数数懈廃、譬如鑽火、未熱而息、雖欲得火、火難可得。是名精進。

書き下し

汝等比丘、若し勤めて精進せば、則ち事として難き者無し。是の故に汝等、当に勤めて精進すべし。譬えば小水の長く流るれば、則ち能く石を穿つが如し。若し行者の心、数数懈廃せば、譬えば火を鑽るに、未だ熱からずして息むが如し。火を得んと欲すと雖も、火は得べきこと難し。是を精進と名づく。

現代語訳

比丘たちよ、勤めて精進するなら、難しいことは何もない。だからおまえたちは勤めて精進せよ。たとえば細い水でも長く流れれば石を穿つようなものだ。もし行者の心がたびたび怠り止まるなら、たとえば火をきりもみするのに、まだ熱くならないうちにやめてしまうようなものだ。火を得たいと思っても、火は得がたい。これを精進という。

解説

八大人覚の第四。二つの比喩が対になっている。細い水も長く流れれば石を穿つ——量ではなく継続。火をきりもみして熱くなる前にやめれば火は得られない——中断が致命的になる場面がある。とくに後者が的確で、途中でやめた分だけ戻るのではなく、蓄えた熱がゼロに戻ってしまう。だから「数数懈廃」——たびたび怠り止まることが名指しで戒められる。まったくやらないことより、始めては止めることのほうが問題だ、という指摘になっている。事業でも学習でも、火がつく手前でやめていないかを問える一段である。

この章句が説くこと

精進小水長く流れて石を穿つ鑽火未だ熱からずして息む数数懈廃継続

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