仏遺教経 / これを一処に制すれば
此五根者、心為其主、是故汝等當好制心。心之可畏、甚於毒蛇、惡獸、怨賊、大火越逸、未足喻也。譬如有人、手執蜜器、動轉輕躁、但觀於蜜、不見深阬。譬如狂象無鉤、猿猴得樹、騰躍踔躑、難可禁制。當急挫之、無令放逸。縱此心者、喪人善事、制之一處、無事不辦。是故比丘、當勤精進、折伏汝心。
新字:此五根者、心為其主、是故汝等当好制心。心之可畏、甚於毒蛇、悪獣、怨賊、大火越逸、未足喻也。譬如有人、手執蜜器、動転軽躁、但観於蜜、不見深阬。譬如狂象無鉤、猿猴得樹、騰躍踔躑、難可禁制。当急挫之、無令放逸。縦此心者、喪人善事、制之一処、無事不辦。是故比丘、当勤精進、折伏汝心。
書き下し
此の五根は、心を其の主と為す。是の故に汝等、当に好く心を制すべし。心の畏るべきは、毒蛇・悪獣・怨賊よりも甚だし。大火の越逸するも、未だ喩うるに足らず。譬えば人有りて、手に蜜器を執り、動転軽躁にして、但だ蜜を観て、深き阬を見ざるが如し。譬えば狂象の鉤無く、猿猴の樹を得て、騰躍踔躑して、禁制すべきこと難きが如し。当に急にこれを挫き、放逸ならしむること無かるべし。此の心を縦にする者は、人の善事を喪う。これを一処に制すれば、事として辦ぜざる無し。是の故に比丘、当に勤めて精進し、汝が心を折伏すべし。
現代語訳
この五根は、心を主としている。だから比丘たちよ、よく心を制御せよ。心の恐ろしさは、毒蛇や猛獣や仇の賊よりも甚だしい。大火が燃え広がるのでさえ、たとえるに足りない。たとえば人が手に蜜の器を持ち、そわそわと動きながら蜜ばかり見ていて、足元の深い穴に気づかないようなものだ。たとえば狂った象に鉤がなく、猿が木に登って跳ね回り、抑えようがないようなものだ。すぐにこれをくじいて、放逸にさせてはならない。この心を放っておく者は、人としての善き事を失う。これを一つのところに制すれば、成らない事はない。だから比丘たちよ、勤めて精進し、自分の心を折り伏せよ。
解説
「これを一処に制すれば、事として辦ぜざる無し」——心を一点に集めれば、成らないことはない。仏遺教経で最もよく引かれる句である。手前の比喩が効いている。蜜の器を持って蜜ばかり見ている人は、足元の深い穴が見えない。目の前の一つに心を奪われると、その周りが見えなくなる。狂象に鉤がなく猿が木に登るのも、制御を失った心の像だ。ここで言う集中は、好きなものに没入することではない。放っておけば散る心を、こちらから一点に置きにいくことである。前段の五根の制御と対になっていて、感覚を管理する主体が心だという構図になっている。
この章句が説くこと
制之一処無事不辦心を其の主と為す蜜器と深阬狂象と猿猴
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