師導古典を学びたいすべての人に

仏遺教経 / 遠離

汝等比丘、欲求寂靜無為安樂、當離憒鬧、獨處閒居。靜處之人、帝釋諸天所共敬重。是故當捨己眾他眾、空閒獨處、思滅苦本。若樂眾者、則受眾惱、譬如大樹、眾鳥集之、則有枯折之患。世間縛者、沒於眾苦、譬如老象溺泥、不能自出。是名遠離。

新字:汝等比丘、欲求寂静無為安楽、当離憒鬧、独処閒居。静処之人、帝釈諸天所共敬重。是故当捨己眾他眾、空閒独処、思滅苦本。若楽眾者、則受眾悩、譬如大樹、眾鳥集之、則有枯折之患。世間縛者、没於眾苦、譬如老象溺泥、不能自出。是名遠離。

書き下し

汝等比丘、寂静無為の安楽を求めんと欲せば、当に憒鬧を離れ、独り閑居に処すべし。静処の人は、帝釈・諸天の共に敬重する所なり。是の故に当に己が衆・他の衆を捨て、空閑に独処して、苦の本を滅せんことを思うべし。若し衆を楽しむ者は、則ち衆の悩みを受く。譬えば大樹に、衆鳥これに集まれば、則ち枯折の患い有るが如し。世間に縛らるる者は、衆苦に没す。譬えば老象の泥に溺れて、自ら出づる能わざるが如し。是を遠離と名づく。

現代語訳

比丘たちよ、静かで作為のない安楽を求めるなら、騒がしさを離れ、独りで静かに住むがよい。静かなところにいる人は、帝釈天や諸天がともに敬い重んじる。だから自分の集団も他の集団も捨て、静かなところに独り住んで、苦の根本を滅することを思え。もし集団を楽しむ者は、集団の悩みを受ける。たとえば大きな木に多くの鳥が集まれば、枯れ折れる憂いがあるようなものだ。世間に縛られる者は、多くの苦しみに沈む。たとえば老いた象が泥に溺れて、自力で出られないようなものだ。これを遠離という。

解説

八大人覚の第三。集団から離れよ、という教えだが、理由が実際的である。集団を楽しむ者は、集団の悩みを受ける。大木に鳥が集まりすぎれば枝が折れる。人が集まるところには、人の分だけ煩わしさが増える、という単純な計算だ。そして「己が衆・他の衆を捨て」——自分の側の集団も捨てよ、と言っているのが目を引く。味方の集団に囲まれていることも、同じく縛りになる。泥に溺れた老象の比喩も痛切で、自力では出られなくなる。人脈や所属が多いほど強いと考えられがちな今日、逆側から見た一段として読める。

この章句が説くこと

遠離憒鬧を離れる衆を楽しむ者は衆の悩みを受く老象泥に溺る

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる