仏遺教経 / 五根を制す
汝等比丘、已能住戒、當制五根、勿令放逸、入於五欲。譬如牧牛之人、執杖視之、不令縱逸、犯人苗稼。若縱五根、非唯五欲將無涯畔、不可制也、亦如惡馬、不以轡制、將當牽人墬於阬埳。如被劫賊、苦止一世、五根賊禍、殃及累世。為害甚重、不可不慎!
新字:汝等比丘、已能住戒、当制五根、勿令放逸、入於五欲。譬如牧牛之人、執杖視之、不令縦逸、犯人苗稼。若縦五根、非唯五欲将無涯畔、不可制也、亦如悪馬、不以轡制、将当牽人墬於阬埳。如被劫賊、苦止一世、五根賊禍、殃及累世。為害甚重、不可不慎!
書き下し
汝等比丘、已に能く戒に住せば、当に五根を制して、放逸ならしめ、五欲に入らしむること勿かるべし。譬えば牧牛の人の、杖を執りてこれを視、縦逸して人の苗稼を犯さしめざるが如し。若し五根を縦にせば、唯だ五欲の将に涯畔無からんとするのみに非ず、制すべからざるなり。亦た悪馬の、轡を以て制せざれば、将に当に人を牽きて阬埳に墜とすがごとし。劫賊に被るが如きは、苦は一世に止まる。五根の賊禍は、殃い累世に及ぶ。害を為すこと甚だ重し、慎まざるべからず。
現代語訳
比丘たちよ、すでに戒に安住できたなら、次は五つの感覚を制御し、放逸にして五欲に入らせてはならない。たとえば牛飼いが杖を持って見張り、勝手に人の作物を荒らさせないようなものだ。もし五根を放っておけば、五欲が果てしなくなるだけでなく、もはや制御できなくなる。悪い馬に轡をかけなければ、人を引きずって穴に落とすようなものである。強盗に遭う苦しみは一生で終わる。だが五根という賊の禍いは、災いが幾世にも及ぶ。害はきわめて重い。慎まないわけにいかない。
解説
戒の次に来るのが感覚の制御である。牛飼いの比喩が的確で、牛そのものを否定しない。杖を持って見張り、他人の作物を荒らさないようにするだけだ。感覚を消すのではなく、向かう先を管理する。そして放置した場合の見立てが厳しい。放っておけば欲が果てしなくなるだけでなく、制御そのものが効かなくなる、と。強盗の被害は一生で終わるが、五根の禍いは幾世にも及ぶ——被害の時間軸で比較しているのが特徴である。注意を奪うものに囲まれた今日の環境で、そのまま読める一段である。
この章句が説くこと
五根を制す牧牛の人悪馬に轡殃い累世に及ぶ
関連する章句
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