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養生訓 / 巻第七・用薬

ことに貧醫は、藥種ををしみて、多く用ひず。然る故に小服にせしを、古來習ひ來りて、富貴の人の藥といへども、小服にすと云ふ。是一說なり。又曰、日本の醫は、中夏の醫に及ばず、故に、藥方を用ふる事、多くは其の病に適當せざらん事を畏る。此の故に、決定して一方を大服にして用ひがたし。もし大服にして、其の病に應ぜざれば、却つて其害をなさん事おそるべければ、小服を用ふ。藥其病に應ぜざれども、小服なれば大なる害なし。若し應ずれば、小服にても、日をかさねて小益は有りぬべし。こゝを以て、古來小服を用ふと云ふ。是亦一說なり。此三說によりて、日本の藥、古來小服なりと云ふ。

新字:ことに貧医は、薬種ををしみて、多く用ひず。然る故に小服にせしを、古来習ひ来りて、富貴の人の薬といへども、小服にすと云ふ。是一説なり。又曰、日本の医は、中夏の医に及ばず、故に、薬方を用ふる事、多くは其の病に適当せざらん事を畏る。此の故に、決定して一方を大服にして用ひがたし。もし大服にして、其の病に応ぜざれば、却つて其害をなさん事おそるべければ、小服を用ふ。薬其病に応ぜざれども、小服なれば大なる害なし。若し応ずれば、小服にても、日をかさねて小益は有りぬべし。こゝを以て、古来小服を用ふと云ふ。是亦一説なり。此三説によりて、日本の薬、古来小服なりと云ふ。

書き下し

ことに貧医は、薬種ををしみて、多く用ひず。然る故に小服にせしを、古来習ひ来りて、富貴の人の薬といへども、小服にすと云ふ。是一説なり。又曰、日本の医は、中夏の医に及ばず、故に、薬方を用ふる事、多くは其の病に適当せざらん事を畏る。此の故に、決定して一方を大服にして用ひがたし。もし大服にして、其の病に応ぜざれば、却つて其害をなさん事おそるべければ、小服を用ふ。薬其病に応ぜざれども、小服なれば大なる害なし。若し応ずれば、小服にても、日をかさねて小益は有りぬべし。ここを以て、古来小服を用ふと云ふ。是亦一説なり。此三説によりて、日本の薬、古来小服なりと云ふ。

現代語訳

とくに貧しい医者は、薬種を惜しんで多く用いません。そのため小さな分量にしていたのを、昔から習い伝えて、富貴の人の薬であっても小さな分量にするといいます。これが一つの説です。また、ある説では、日本の医者は中国の医者に及ばないので、処方を用いるのに、多くはその病に合わないことを恐れます。ですから、思い切って一つの処方を大きな分量にして用いることができません。もし大きな分量にして、その病に応じなければ、かえってその害をなすことが恐ろしいので、小さな分量を用います。薬がその病に応じなくても、小さな分量なら大きな害はありません。もし応じれば、小さな分量でも日を重ねれば少しの益はあるだろう、と。ですから、昔から小さな分量を用いるといいます。これもまた一つの説です。この三つの説によって、日本の薬は昔から小さな分量なのだといいます。

解説

日本の薬が小服である第三の理由として、医者が自分の見立てに自信がないので、外れても害の少ない小さな分量にしているという説を挙げた単位です。貧しい医者が薬種を惜しんだのが習慣になったという説と合わせ、体質・経済・医術の未熟という三つの理由が出そろいました。とくに第三の説は、失敗を恐れて効き目の薄い無難な方法を選ぶという、人の弱さを鋭く突いています。責任を避けるために中途半端な対応を続けることの問題は、今の組織にも通じるものです。

この章句が説くこと

薬分量自信慣習医者

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