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夜船閑話 / 本文

古へ二三緉の襪を着くといへども、足心常に氷雪の底に浸すが如くなる者、今既に三冬嚴寒の日といへども、襪せず、爐せず、馬齒既に古稀を越へたりといへども、指すべき半點の小病もまた無きことは、彼の神術の餘勳ならんか。云ふことなかれ、鵠林半死の殘喘、多少無義荒唐の妄談を記取して以て佗の上流を誑惑すと。是宿に靈骨有て、一槌に旣に成ずる底の俊流の爲めに設るにあらず。癡鈍予が如く、勞病予に類ひする底、看讀して子細に觀察せば、必ず少しき補ならんか。只恐る、別人の手を拍して大笑せんことを。何が故ぞ。馬枯萁を咬んで、午枕に喧すし。

新字:古へ二三緉の襪を着くといへども、足心常に氷雪の底に浸すが如くなる者、今既に三冬厳寒の日といへども、襪せず、炉せず、馬歯既に古稀を越へたりといへども、指すべき半点の小病もまた無きことは、彼の神術の余勲ならんか。云ふことなかれ、鵠林半死の残喘、多少無義荒唐の妄談を記取して以て佗の上流を誑惑すと。是宿に霊骨有て、一槌に既に成ずる底の俊流の為めに設るにあらず。癡鈍予が如く、労病予に類ひする底、看読して子細に観察せば、必ず少しき補ならんか。只恐る、別人の手を拍して大笑せんことを。何が故ぞ。馬枯萁を咬んで、午枕に喧すし。

書き下し

古へ二三緉の襪を着くといへども、足心常に氷雪の底に浸すが如くなる者、今既に三冬厳寒の日といへども、襪せず、炉せず、馬歯既に古稀を越へたりといへども、指すべき半点の小病もまた無きことは、彼の神術の余勲ならんか。云ふことなかれ、鵠林半死の残喘、多少無義荒唐の妄談を記取して以て佗の上流を誑惑すと。是宿に霊骨有て、一槌に既に成ずる底の俊流の為めに設るにあらず。癡鈍予が如く、労病予に類ひする底、看読して子細に観察せば、必ず少しき補ならんか。只恐る、別人の手を拍して大笑せんことを。何が故ぞ。馬枯萁を咬んで、午枕に喧すし。

現代語訳

昔は二、三足の足袋を重ねてはいても、足の裏はいつも氷や雪の底に浸しているようだったのが、いまでは真冬の厳しい寒さの日でも、足袋もはかず、火にも当たらない。年はもう七十を越えたが、指摘できるほどの小さな病もないのは、あの神術の余徳であろうか。鵠林の半死の老いぼれが、でたらめな作り話を書き留めて、他の優れた人々を惑わしている、などと言ってはならない。これは、生まれつき優れた素質があって、一打ちでたちまち悟るような俊才のために書いたのではない。わたしのように愚かで鈍く、わたしのように疲れや病に苦しむ者が、読んで詳しく観察すれば、きっといくらかの助けになるだろう。ただ恐れるのは、別の人が手を打って大笑いすることである。なぜか。馬が枯れた豆殻をかんで、昼寝の枕もとでうるさく音を立てている。

解説

この書の結びで、白隠は執筆の意図をはっきり述べる。これは天才のための本ではない、自分と同じように鈍く、心身の疲れに苦しむ人のために書いたのだ、と。かつて足の冷えに苦しんだ人が、七十を過ぎて足袋もいらないという。最後の一句は、この書を昼寝の枕もとで馬が豆殻をかむ騒がしい音にたとえた、白隠一流の照れ隠しである。弱さを知る人が弱い人のために書いた本だからこそ、三百年近く読み継がれてきたのだろう。

この章句が説くこと

白隠弱さ共感執筆冷え結び

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