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夜船閑話 / 序

老僧初め參學の時、難治の重病を發して其憂苦、諸子に十倍せり。進退惟谷まる。尋常心にひそかに思惟すらく、生きて此憂愁に沈まんよりは、如かじ早く死して此革囊を捨んにはと。何の幸ぞや、此の内觀の秘訣をつたへて全快を得ること、今の諸子の如し。

新字:老僧初め参学の時、難治の重病を発して其憂苦、諸子に十倍せり。進退惟谷まる。尋常心にひそかに思惟すらく、生きて此憂愁に沈まんよりは、如かじ早く死して此革囊を捨んにはと。何の幸ぞや、此の内観の秘訣をつたへて全快を得ること、今の諸子の如し。

書き下し

老僧初め参学の時、難治の重病を発して其憂苦、諸子に十倍せり。進退惟谷まる。尋常心にひそかに思惟すらく、生きて此憂愁に沈まんよりは、如かじ早く死して此革囊を捨んにはと。何の幸ぞや、此の内観の秘訣をつたへて全快を得ること、今の諸子の如し。

現代語訳

わたしが初めて修行を始めたころ、治りにくい重い病を発して、その憂いと苦しみはおまえたちの十倍であった。進むことも退くこともできず、行き詰まった。いつも心の中でひそかに考えていた。生きてこの憂いに沈んでいるよりは、いっそ早く死んでこの皮袋のような体を捨ててしまったほうがましだ、と。なんという幸いであろうか、この内観の秘訣を伝えられて全快を得たことは、いまのおまえたちと同じである。

解説

白隠自身が、若いころ死を考えるほどの心身の病に苦しんだことを告白する段である。教える側が、自分もかつて同じ苦しみの中にいたと明かすことで、弟子との距離が一気に縮まる。革嚢は皮の袋で、自分の体をさげすんで言う言葉だ。追い詰められて死を思うほどだった人が回復し、今度は人を救う側に回っている。心の不調に苦しむ人にとって、この率直な告白そのものが一つの希望になるだろう。

この章句が説くこと

心の病告白回復共感白隠希望

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