徒然草 / 第223段
田鶴の大殿は、童名たづ君なり。「鶴を飼ひ給ひける故に。」と申すは僻事なり。
書き下し
田鶴の大殿は、童名たづ君なり。「鶴を飼ひ給ひける故に。」と申すは僻事なり。
現代語訳
田鶴の大殿は、幼名をたづ君という。『鶴を飼っておられたから(その名がついた)。』というのは誤りである。
解説
田鶴の大殿と呼ばれた人物の呼び名の由来について、世間に広まっていた俗説を兼好が正す、ごく短い段です。「鶴を飼っていたからその名がついた」という巷の説明を、根拠のない誤り(僻事)だと一言で切り捨て、実際には幼名の「たづ君」に由来する呼び名にすぎないと示しています。徒然草には、こうした人名や地名、故実の由来にまつわる誤解を正す考証的な段がいくつも見られ、兼好が単なる随想家ではなく、当時の有職故実に通じた記録者・考証家としての一面を持っていたことがよく表れています。もっともらしい語呂合わせや逸話は広まりやすい一方で、事実の裏付けを欠くことも多いという点は、真偽の定かでない情報が飛び交う現代のインターネット社会にも通じる教訓です。名前の由来ひとつでも、安易な想像で片付けず確かめる姿勢が大切だと気づかされます。
この章句が説くこと
田鶴の大殿童名たづ君俗説考証有職故実
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