徒然草 / 第192段
神佛にも、人の詣でぬ日、夜まゐりたる、よし。
新字:神仏にも、人の詣でぬ日、夜まゐりたる、よし。
書き下し
神仏にも、人の詣でぬ日、夜まゐりたる、よし。
現代語訳
神仏に対しても、人が参詣しない日に、夜参詣するのは、良いことだ。
解説
わずか一文からなる、非常に短い段です。神仏への参詣について、人がこぞって詣でる賑やかな日ではなく、あえて人の少ない日、それも夜に参るのが良いと述べています。直前の第百九十一段で夜の美しさ、人目のない静けさの趣を称えていたのと呼応しており、信仰の対象と向き合う場面でも、群衆に紛れた形式的な参拝よりも、静かで人の気配の少ない時間にひっそりと向き合うことに価値を見出す兼好の美意識がここにも表れています。人混みの中での参詣は儀礼的・社会的な意味合いが強くなりがちですが、人のいない夜の参詣は、より個人的で内省的な信仰のあり方に近づきます。これは現代で言えば、混雑した観光地化した寺社を避けて早朝や閉門間際の静けさの中で参拝する感覚に近く、対象と向き合う際に周囲の喧騒から離れて自分自身と静かに向き合う時間を大切にするという普遍的な感覚を、短い一文に凝縮していると言えるでしょう。
この章句が説くこと
神仏詣で夜まゐり静けさ信仰人目
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