徒然草 / 第24段
齋宮の野の宮におはします有樣こそ、やさしく面白き事の限りとは覺えしか。經佛など忌みて、中子、染紙などいふなるもをかし。すべて神の社こそ、捨て難くなまめかしきものなれや。ものふりたる森の景色もたゞならぬに、玉垣しわたして、榊に木綿かけたるなど、いみじからぬかは。殊にをかしきは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴船、吉田、大原野、松尾、梅宮。
新字:斎宮の野の宮におはします有様こそ、やさしく面白き事の限りとは覚えしか。経仏など忌みて、中子、染紙などいふなるもをかし。すべて神の社こそ、捨て難くなまめかしきものなれや。ものふりたる森の景色もたゞならぬに、玉垣しわたして、榊に木綿かけたるなど、いみじからぬかは。殊にをかしきは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴船、吉田、大原野、松尾、梅宮。
書き下し
斎宮の野の宮におはします有様こそ、やさしく面白き事の限りとは覚えしか。経仏など忌みて、中子、染紙などいふなるもをかし。すべて神の社こそ、捨て難くなまめかしきものなれや。ものふりたる森の景色もたゞならぬに、玉垣しわたして、榊に木綿かけたるなど、いみじからぬかは。殊にをかしきは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴船、吉田、大原野、松尾、梅宮。
現代語訳
斎宮が野宮にいらっしゃる様子は、優美で趣深いことの限りであると思われた。経や仏などを忌み、それらを「中子」「染紙」などと言い換えるのも面白い。総じて神社というものは、捨てがたく優美なものである。古びた森の景色もひとしお趣があるところに、玉垣を張り巡らせ、榊に木綿をかけているのなど、すばらしくないことがあろうか。特に趣深いのは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴船、吉田、大原野、松尾、梅宮である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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徒然草・第23段衰へたる末の世とはいへど、猶九重の神さびたる有様こそ、世づかずめでたきものなれ。露台、朝餉、何殿、何門などは、いみじとも聞ゆべし。怪しの所にもありぬべき小蔀、小板敷、高遣戸なども、めでたくこそ聞ゆれ。「陣に夜の設けせよ。」といふこそいみじけれ。夜の御殿のをば、「掻灯疾うよ。」などいふ、まためでたし。上卿の、陣にて事行へる様は更なり、諸司の下人どもの、したり顔になれたるもをかし。さばかり寒き終夜、此処彼処に睡り居たるこそをかしけれ。「内侍所の御鈴の音は、めでたく優なるものなり。」とぞ、徳大寺の太政大臣は仰せられける。
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『玉勝間』十三の巻 神社を殊に宮と申す号の事同紀に、貞観九年八月二日、伊勢国の伊佐奈岐伊佐奈弥神に勅して、社を改めて宮と称し、月次祭に預からしめ、并びに内人一員を置くとある。これらによれば、凡て宮と申すと、社と申すとは、尊き卑しき差等ある事なるに、又なべて然るにもあらざるにや。殊なる大社にも、なお社と申して、宮とは申さぬも多きは、いかなる事にか有らむ。
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『玉勝間』七の巻 神社の祭る神を知らまほしくする事さればもとより某神と云う、古き伝えの無きを、しいて後に考えて、あらぬ神に定めむは、なかなかのひがことなり。もしその社の号によりて定めむとせば、たとえば伊勢の大神宮は、五十鈴の宮と申せば、祭る神は五十鈴姫の命にて、鈴の神、外宮は、わたらいの宮と申せば、綿津見命にて、海神なりとせむか。近き世に、物知り人の考えて定むるは、大かたこれに似たるものにて、いとうきたる事のみなれば、すべて信じがたし。知られぬをしいて求めて、あらぬ神となさむよりは、ただその社の号を、神の御名としてあらむこそ、古の意なるべきを、社の号のみにては、とらえ所無きがごと思うは、近き世の俗心にこそ有れ。今の世とても、世に広く云いならえる社号は、そをやがて神の御名と心得居て、八幡宮・春日明神・稲荷明神など云えば、必ずしもその神は、いかなる神ぞとまでは、たずねず、ただ八幡・春日・いなりにてあるにあらずや。もろもろの社も、皆同じことにて、社の号すなわちその神の御名なるものをや。
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『玉勝間』三の巻 宣命料紙の色同記に云う、宣命の料紙、伊勢は緑、賀茂は紅、余は黄。
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『玉勝間』七の巻 世の人の神社は物さびたるを尊しとする事今の世の人、神の御社は、さびしく物さびたるを、たっとしと思うは、古神社の盛りなりし世のさまをば、知らずして、ただ今の世に、大かた古く尊き神社どもは、いみしく衰えて、荒れたるを見なれて、古く尊き神社は、もとよりかく有る物と、心得たるからのひがことなり。
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『玉勝間』一の巻 大神宮の茅葺なる説伊勢の大御神の宮殿の茅葺なるを、後世に質素を示す戒めなりと、ちかき世の神道者と云う者などの云うなるは、例の漢意にへつらいたる、うるさきひが事なり。質素をたふとむべきも、事にこそはよれ。すべて神の御事に、質素をよきにする事、さらに無し。御殿のみならず、献る物なども何も、力の堪えたらんかぎり、うるわしくいかめしくめでたくするこそ、神を敬い奉るにはあれ。みあらかまた献り物などを、質素にするは、礼無く心ざし浅きしわざなり。そもそも伊勢の大宮の御殿の茅ぶきなるは、上つ代のよそいを重みし守りて、変え給わざる物なり。然して茅葺ながらに、その荘麗きことの世にたぐい無きは、皇御孫命の、大御神を厚く尊み敬い奉り給うが故なり。さるを御みづからの宮殿をば、美麗く物し給いて、大御神の宮殿をしも、質素にし給うべきよし有らめやは。すべて近き世に、神道者の云うことは、皆からごころにして、古の意にそむけりと知るべし。

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