都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
答、佛法ノ表一通リヲ聞テ、悟ルコト不能バ、武帝ニ刑罰ノ者ヲ訴ルガ如シ、助ルコトヲ知テ、正スコトヲ不知、如何ゾ政行レンヤ、曰、左アレバ忽ニ害アリ、又悟道シテ行フトモ、佛法ヲ用ヒバ、殺生ハナルマジ、殺生ハナラズト云テ、可殺咎アル者ヲ助ナバ、害アルコト明白ナリ、
新字:答、仏法ノ表一通リヲ聞テ、悟ルコト不能バ、武帝ニ刑罰ノ者ヲ訴ルガ如シ、助ルコトヲ知テ、正スコトヲ不知、如何ゾ政行レンヤ、曰、左アレバ忽ニ害アリ、又悟道シテ行フトモ、仏法ヲ用ヒバ、殺生ハナルマジ、殺生ハナラズト云テ、可殺咎アル者ヲ助ナバ、害アルコト明白ナリ、
書き下し
答ふ、仏法の表一通りを聞きて、悟ること能はずば、武帝に刑罰の者を訴ふるが如し。助くることを知りて、正すことを知らず、如何ぞ政行はれんや。曰く、左あれば忽ちに害あり。又悟道して行ふとも、仏法を用ひば、殺生はなるまじ。殺生はならずと云ひて、殺すべき咎ある者を助けなば、害あること明白なり。
現代語訳
梅岩は答えます。仏法の表面をひととおり聞いただけで悟ることができなければ、武帝に罪人を訴え出るようなものです。助けることは知っていても正すことを知らない。どうして政治が行われるでしょうか。問う人が言います。それならたちまち害があります。また悟って行ったとしても、仏法を用いるなら殺生はできないでしょう。殺生はならないと言って、死罪に当たる者を助けてしまえば、害があるのは明白です。
解説
「用い方を知らない」とは具体的にどういう状態かを、梅岩が武帝の例で示します。仏法の表面だけを聞いた者は、罪人を見れば助けることしか知らず、正すことを知らない。問う人はさらに食い下がり、たとえ悟った人でも仏法を用いる限り殺生はできず、結局は罪人を見逃すことになるではないかと反論します。救うことと正すことをどう両立させるか。人事や懲戒の場面で誰もが直面する問題を、正面から取り上げたやりとりです。次の段で梅岩は医者のたとえで答えます。
この章句が説くこと
刑罰慈悲政治殺生悟り
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