牧民忠告 / 事長
夫能天下者,其志必高,其所至必遠。昔某郡有新守,褊驁大不禮其下,常令掾屬羅拜於庭下。有一賢掾,初以疾在告,疾愈當庭參。是日偶大雨,守令張傘布茅於庭下,使掾拜焉,掾恬然不動容,興伏惟謹。識者知其他日必為宰相也,後果然。
新字:夫能天下者,其志必高,其所至必遠。昔某郡有新守,褊驁大不礼其下,常令掾属羅拝於庭下。有一賢掾,初以疾在告,疾愈当庭参。是日偶大雨,守令張傘布茅於庭下,使掾拝焉,掾恬然不動容,興伏惟謹。識者知其他日必為宰相也,後果然。
書き下し
夫れ天下を能くする者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊驁(へんごう)にして大いに其の下を礼せず、常に掾属(えんぞく)をして庭下に羅拝(らはい)せしむ。一賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈(い)えて当に庭参すべし。是の日偶(たま)たま大雨あり、守は傘を張り茅(かや)を庭下に布(し)かしめ、掾をして拝せしむ、掾恬然(てんぜん)として容(かたち)を動かさず、興伏(こうふく)惟(こ)れ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり、後果たして然り。
現代語訳
そもそも天下に事を成し得る者は、その志が必ず高く、その到達点も必ず遠大である。昔、ある郡に新任の太守がいた。狭量で驕り高ぶり、部下に対してまったく礼を尽くさず、いつも属官たちを庭先に整列させて拝礼させていた。ある賢明な属官が、病気で休暇を取っていたが、病が癒えて庭に参上することになった。その日はたまたま大雨だったが、太守は傘を差させ茅を庭に敷かせて、その属官に拝礼させた。その属官は平然として顔色一つ変えず、立ち上がったり伏したりする作法もまことに慎み深かった。それを見た見識ある人々は、彼が後日必ず宰相になるだろうと分かった。そして後に果たしてその通りになった。
解説
本条は、無礼な上司に対しても平然と礼を尽くす部下の器量を描く逸話である。驕り高ぶった太守が大雨の中でも属官に拝礼を強制するという理不尽な状況で、その属官は不満げな態度を見せず、淡々と作法を守り通した。この態度から、見識ある人々は彼が将来大成すると見抜き、実際に宰相にまで上り詰めたという。志が高く到達点が遠い者は、目の前の理不尽な待遇に一喜一憂して自分を乱すことがないという含意である。現代の職場においても、上司の不当な扱いや理不尽な要求に直面する場面は少なくないが、そこで感情を乱し礼を失うか、それとも自分の品位と作法を保ち続けられるかが、その人物の将来の器量を測る一つの指標になり得るという示唆を持つ一条である。
この章句が説くこと
以礼下人度量忍耐人物眼
関連する章句
-
人物志・材能寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
-
尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
-
史記 仲尼弟子列伝言偃、呉人、字は子游。孔子より少きこと四十五歳。子游既に業を受け、武城の宰と為る。孔子過ぎり、弦歌の声を聞く。孔子莞爾として笑ひて曰く、「鶏を割くに焉ぞ牛刀を用ゐん」と。子游曰く、「昔者偃諸を夫子に聞きて曰く、君子道を学べば則ち人を愛し、小人道を学べば則ち使ひ易し、と」。孔子曰く、「二三子よ、偃の言是なり。前言は之に戯れしのみ」と。孔子、子游を以て文学に習ふと為す。
-
史記 季布欒布列伝季布は、楚の人なり。気を為し俠に任じ、楚に名有り。項籍将兵せしめ、数しば漢王を窘しむ。項羽滅ぶに及び、高祖布を購求すること千金、敢て舍匿する有らば、罪三族に及ぶ。朱家心に是れ季布なるを知り、乃ち買ひて之を田に置く。朱家乃ち洛陽に之き、汝陰侯滕公に見えて曰く、「臣各おの其の主の為に用ゐらる、季布項籍の為に用ゐらるるは、職のみ。今上始めて天下を得、独り己の私怨を以て一人を求む、何ぞ天下に之が広からざるを示すや。且つ季布の賢を以て漢の之を求むること急なること此くのごとくんば、此れ北のかた胡に走らずんば即ち南のかた越に走らんのみ。夫れ壮士を忌みて以て敵国を資くるは、此れ伍子胥の荊の平王の墓を鞭ちし所以なり」と。滕公閒を待ち、果たして朱家の指のごとく言ふ。上乃ち季布を赦す。是の時に当たり、諸公皆季布の能く剛を摧きて柔と為すを多とす。上拝して郎中と為す。
-
貞観政要・求諫太常卿韋挺は嘗て上疏して得失を陳ぶ。太宗書を賜いて曰く、「上る所の意見は、極めて是れ讜言なり。辞理観るべし。甚だ以て慰と為す。昔、斉境の難、夷吾(管仲)に射鉤の罪有り。蒲城の役、勃鞮(ぼつてい)は袂を斬るの仇と為る。而も小白(桓公)は以て疑いと為さず。重耳(文公)は之を待つこと旧の若し。豈に各々主に非ざるに吠え、志は二無きに在るに非ずや。卿の深誠、斯(ここ)に見(あら)わる。若し能く此の節を克く全うせば、則ち永く令名を保たん。如し其れ之に怠らば、惜しむべからざらんや。終始を勉励し、範を将来に垂れよ。当に後の今を視ること、亦た猶お今の古を視るがごとくならしむべし。亦た美ならずや。朕は比(このごろ)其の過ちを聞かず、未だ其の闕(けつ)を睹(み)ず。忠懇を竭くし、数(しばしば)嘉言を進め、用て朕の懐に沃(そそ)ぐに頼る。一に何ぞ道うべけんや」と。
-
『韓非子』大體第二十九太山は好惡を立てず、故に能く其の高を成す。江海は小助を擇ばず、故に能く其の富を成す。