貞観政要 / 求諫
太常卿韋挺嘗上疏陳得失,太宗賜書曰:「所上意見,極是讜言,辭理可觀,甚以為慰。昔齊境之難,夷吾有射鉤之罪,蒲城之役,勃鞮為斬袂之仇。而小白不以為疑,重耳待之若舊。豈非各吠非主,誌在無二。卿之深誠,見於斯矣。若能克全此節,則永保令名。如其怠之,可不惜也。勉勵終始,垂範將來,當使後之視今,亦猶今之視古,不亦美乎?朕比不聞其過,未睹其闕,賴竭忠懇,數進嘉言,用沃朕懷,一何可道!」
新字:太常卿韋挺嘗上疏陳得失,太宗賜書曰:「所上意見,極是讜言,辞理可観,甚以為慰。昔斉境之難,夷吾有射鉤之罪,蒲城之役,勃鞮為斬袂之仇。而小白不以為疑,重耳待之若旧。豈非各吠非主,誌在無二。卿之深誠,見於斯矣。若能克全此節,則永保令名。如其怠之,可不惜也。勉勵終始,垂範将来,当使後之視今,亦猶今之視古,不亦美乎?朕比不聞其過,未睹其闕,頼竭忠懇,数進嘉言,用沃朕懐,一何可道!」
書き下し
太常卿韋挺は嘗て上疏して得失を陳ぶ。太宗書を賜いて曰く、「上る所の意見は、極めて是れ讜言なり。辞理観るべし。甚だ以て慰と為す。昔、斉境の難、夷吾(管仲)に射鉤の罪有り。蒲城の役、勃鞮(ぼつてい)は袂を斬るの仇と為る。而も小白(桓公)は以て疑いと為さず。重耳(文公)は之を待つこと旧の若し。豈に各々主に非ざるに吠え、志は二無きに在るに非ずや。卿の深誠、斯(ここ)に見(あら)わる。若し能く此の節を克く全うせば、則ち永く令名を保たん。如し其れ之に怠らば、惜しむべからざらんや。終始を勉励し、範を将来に垂れよ。当に後の今を視ること、亦た猶お今の古を視るがごとくならしむべし。亦た美ならずや。朕は比(このごろ)其の過ちを聞かず、未だ其の闕(けつ)を睹(み)ず。忠懇を竭くし、数(しばしば)嘉言を進め、用て朕の懐に沃(そそ)ぐに頼る。一に何ぞ道うべけんや」と。
現代語訳
太常卿の韋挺が上奏文を奉って政治の得失を述べた。太宗は書を賜って言った。「奉った意見は、まことに正しい言葉である。文章も道理も見るべきものがあり、大いに慰められた。昔、斉の内乱の折、管仲には桓公の帯留めを射た罪があった。蒲城の戦いでは、勃鞮は文公の袖を斬った仇であった。それでも桓公は彼を疑わず、文公は旧知の友のように遇した。それは、彼らがそれぞれ自分の主君でない者に吠えただけで、志は二心なきものだったからではないか。あなたの深い誠は、まさにここに現れている。もしこの節義を全うできれば、永く名声を保つだろう。もし怠れば、惜しいことではないか。始めから終わりまで励み、模範を将来に垂れよ。後の世が今を見るのが、今が古を見るのと同じようであってほしい。それも素晴らしいことではないか。私は近頃、自分の過ちを聞かず、欠点も見ていない。あなたが忠誠を尽くし、しばしば良い言葉を進めて、私の心に注いでくれることを頼りにしている。それは何と言い表せばよいだろうか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・尊賢斉の桓公庭燎を設け、士の造り見えんと欲する者の為にす。期年にして士至らず。是に於いて東野の鄙人に九九の術を以て見えんとする者有り。桓公曰く、「九九何ぞ以て見ゆるに足らんや」と。鄙人対えて曰く、「臣九九を以て見ゆるに足れりと為すに非ず、臣聞く、主君庭燎を設けて以て士を待つも、期年にして士至らずと。夫れ士の至らざる所以の者は、君は天下の賢君なり、四方の士、皆自ら論ずるに君に及ばずと以て、故に至らざるなり。夫れ九九は薄能のみなるに、而れども君猶お之を礼す、況んや九九より賢れる者をや。夫れ太山は壌石を辞せず、江海は小流を逆えず、大を成す所以なり」と。詩に云う、「先民言える有り、芻蕘に詢う」と。博く謀ることを言うなり。桓公善しと曰いて、乃ち因りて之を礼す。期月にして四方の士、相携えて並び至る。詩に曰く、「堂より基に徂き、羊より牛に徂く」と。内を以て外に及び、小を以て大に及ぶことを言うなり。
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説苑・復恩楚の荘王群臣に酒を賜ふ、日暮れて酒酣にして、燈燭滅す、乃ち人の美人の衣を引く者有り、美人其の冠纓を援絶して、王に告げて曰く、「今者燭滅え、妾の衣を引く者有り、妾其の冠纓を援け得て之を持てり、趣かに火を来して上げしめ、纓を絶ちし者を視られよ」と。王曰く、「人に酒を賜ひ、酔ひて礼を失はしめしに、奈何ぞ婦人の節を顕して士を辱めんと欲せんや」と。乃ち左右に命じて曰く、「今日寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は懽ならず」と。群臣百有余人皆其の冠纓を絶ち去りて火を上ぐ、卒に尽く懽びて罷む。居ること三年、晋楚と戦ふ、一臣常に前に在り、五合五たび奮ひ、首として敵を卻く、卒に之に勝つを得たり、荘王怪しみて問ひて曰く、「寡人徳薄く、又未だ嘗て子を異にせざるに、子何の故に死に出でて疑はざること是の如きか」と。対へて曰く、「臣当に死すべかりき、往者酔ひて礼を失ひしとき、王隠忍して誅を加へざりき、臣終に敢へて蔭蔽の徳を以て王に顕報せざらんや、常に肝脳を地に塗り、頸血を用ひて敵に湔がんことを願ふこと久し、臣乃ち夜纓を絶ちし者なり」と。遂に晋軍を敗り、楚以て強きを得たり、此れ陰徳有る者は必ず陽報有るなり。
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人物志・材能寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
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牧民忠告・事長夫れ天下を能くする者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊驁(へんごう)にして大いに其の下を礼せず、常に掾属(えんぞく)をして庭下に羅拝(らはい)せしむ。一賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈(い)えて当に庭参すべし。是の日偶(たま)たま大雨あり、守は傘を張り茅(かや)を庭下に布(し)かしめ、掾をして拝せしむ、掾恬然(てんぜん)として容(かたち)を動かさず、興伏(こうふく)惟(こ)れ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり、後果たして然り。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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説苑・尊賢晋の文侯、地を行きて隧に登るに、大夫皆之を扶く。隨会扶けず。文侯曰く、「会よ、夫れ人臣為りて其の君を忍ぶ者は、其の罪奚如ん」と。対えて曰く、「其の罪重死なり」と。文侯曰く、「何をか重死と謂う」と。対えて曰く、「身死し、妻子戮せらる」と。隨会曰く、「君奚ぞ独り人臣為りて其の君を忍ぶ者を問いて、人君為りて其の臣を忍ぶ者を問わざるや」と。文侯曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、其の罪何如ん」と。隨会対えて曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、智士謀を為さず、弁士言を為さず、仁士行を為さず、勇士死を為さず」と。文侯綏を援きて車を下り、大夫に辞して曰く、「寡人に腰髀の病有り、願わくは諸大夫罪する勿かれ」と。