人物志 / 材能
寬弘之人,宜為郡國,使下得施其功,而總成其事;急小之人,宜理百里,使事辦於己。
新字:寛弘之人,宜為郡国,使下得施其功,而総成其事;急小之人,宜理百里,使事辦於己。
書き下し
寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
現代語訳
度量が広く大らかな人は、大きな地域を治めるのがよい。部下にその力を発揮させ、それらをまとめ上げて事を成し遂げる。機敏で小回りの利く人は、小さな地域を治めるのがよい。物事を自分の手で処理させるのである。
解説
度量の大きな人には部下の力を引き出す大きな裁量を、機敏で細やかな人には自分の手で完結させられる小さな持ち場を与えるのがよいという適材適所の考え方である。同じ有能さでも、人に任せて束ねるのが得意な人と、自分で動いて素早く仕上げるのが得意な人とでは向いている役割が異なる。大きな裁量に戸惑う人もいれば、細かい仕事に追われて力を発揮できない人もいる。役職を決める際には、大小だけでなく性質に合った器の大きさを考える視点が要る。
この章句が説くこと
適材適所度量裁量の大きさ
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