酔古堂剣掃 / 集倩・一溪の歌板
花陰流影,散為半院舞衣;水響飛音,聽來一溪歌板。
新字:花陰流影,散為半院舞衣;水響飛音,聴来一渓歌板。
書き下し
花陰の流影、散じて半院の舞衣と為り、 水響の飛音、聽き來たれば一溪の歌板なり。
現代語訳
花陰に流れる影は、散らばって中庭の半分を舞う衣となり、水音の飛び跳ねる響きは、聞いていると谷川いっぱいの歌の拍子木のようです。
解説
庭の花の影と谷川の水音を、舞と歌に見立てた一則です。花陰流影は花の木の陰に揺れ動く影、半院は中庭の半分ほどのことです。風に揺れる花の影が庭に散らばるさまを、舞い手の衣が翻る姿にたとえています。後半の歌板は、歌の拍子をとるための板、拍子木のことです。谷川の水がはねる音を、歌の伴奏の拍子にたとえ、一筋の谷川全体が歌っているように聞こえると言います。つまり、自然そのものが舞と歌の宴を繰り広げているという見立てです。人が催す宴には費用も手間もかかりますが、自然の宴はいつでも誰にでも開かれています。庭の影の揺らぎや水の音に耳目を澄ませれば、そこに舞や歌を感じ取ることができるのです。そうした感受性を持つことが、暮らしを豊かにする秘訣なのでしょう。
この章句が説くこと
見立て花水音自然風雅
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