酔古堂剣掃 / 集倩・春月は尊罍に宜し
灣月宜寒潭,宜絕壁,宜高閣,宜平臺,宜窗紗,宜簾鉤;宜苔階,宜花砌,宜小酌,宜清談,宜長嘯,宜獨往,宜搔首,宜促膝。春月宜尊罍,夏月宜枕簟,秋月宜砧杵,冬月宜圖書。樓月宜蕭,江月宜笛,寺院月宜笙,書齋月宜琴。閨闈月宜紗櫥,勾欄月宜弦索;關山月宜帆檣,沙場月宜刁斗。花月宜佳人,松月宜道者,蘿月宜隱逸,桂月宜俊英;山月宜老衲,湖月宜良朋,風月宜楊柳,雪月宜梅花。片月宜花梢,宜樓頭,宜淺水,宜杖藜,宜幽人,宜孤鴻。滿月宜江邊,宜苑內,宜綺筵,宜華燈,宜醉客、宜妙妓。
新字:湾月宜寒潭,宜絶壁,宜高閣,宜平台,宜窗紗,宜簾鉤;宜苔階,宜花砌,宜小酌,宜清談,宜長嘯,宜独往,宜搔首,宜促膝。春月宜尊罍,夏月宜枕簟,秋月宜砧杵,冬月宜図書。楼月宜蕭,江月宜笛,寺院月宜笙,書斎月宜琴。閨闈月宜紗櫥,勾欄月宜弦索;関山月宜帆檣,沙場月宜刁斗。花月宜佳人,松月宜道者,蘿月宜隠逸,桂月宜俊英;山月宜老衲,湖月宜良朋,風月宜楊柳,雪月宜梅花。片月宜花梢,宜楼頭,宜浅水,宜杖藜,宜幽人,宜孤鴻。満月宜江辺,宜苑内,宜綺筵,宜華灯,宜酔客、宜妙妓。
書き下し
灣月は寒潭に宜しく、絕壁に宜しく、高閣に宜しく、平臺に宜しく、窗紗に宜しく、簾鉤に宜し。 苔階に宜しく、花砌に宜しく、小酌に宜しく、清談に宜しく、長嘯に宜しく、獨往に宜しく、搔首に宜しく、促膝に宜し。 春月は尊罍に宜しく、夏月は枕簟に宜しく、秋月は砧杵に宜しく、冬月は圖書に宜し。 樓月は蕭に宜しく、江月は笛に宜しく、寺院の月は笙に宜しく、書齋の月は琴に宜し。 閨闈の月は紗櫥に宜しく、勾欄の月は弦索に宜しく、關山の月は帆檣に宜しく、沙場の月は刁斗に宜し。 花月は佳人に宜しく、松月は道者に宜しく、蘿月は隱逸に宜しく、桂月は俊英に宜しく、山月は老衲に宜しく、湖月は良朋に宜しく、風月は楊柳に宜しく、雪月は梅花に宜し。 片月は花梢に宜しく、樓頭に宜しく、淺水に宜しく、杖藜に宜しく、幽人に宜しく、孤鴻に宜し。 滿月は江邊に宜しく、苑內に宜しく、綺筵に宜しく、華燈に宜しく、醉客に宜しく、妙妓に宜し。
現代語訳
月は、冷たい淵によく、切り立った崖によく、高い楼閣によく、平らな台によく、窓の薄絹によく、簾の掛け金によく似合います。苔むした階段によく、花の植え込みによく、ささやかな酒宴によく、清らかな語らいによく、声を長く引いて吟じるのによく、一人で出かけるのによく、頭をかいて思案するのによく、膝を寄せて語り合うのによく似合います。春の月は酒樽に、夏の月は枕と竹の敷物に、秋の月は砧の音に、冬の月は書物によく似合います。楼閣の月は簫に、川の月は笛に、寺の月は笙に、書斎の月は琴によく似合います。奥の間の月は薄絹の帳に、芝居小屋の月は弦楽器に、関所や山の月は帆柱に、戦場の砂漠の月は陣中の銅鍋の音によく似合います。花の月は美しい人に、松の月は道士に、つたの月は隠者に、桂の月はすぐれた若者に、山の月は老僧に、湖の月はよい友に、風の月は柳に、雪の月は梅によく似合います。欠けた月は花の梢に、楼閣の上に、浅い水に、藜の杖をつく散歩に、世を離れた人に、一羽の鴻によく似合います。満月は川のほとりに、宮苑の中に、華やかな宴に、美しい灯火に、酔った客に、芸達者な芸妓によく似合います。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』三辯程繁、子墨子に問いて曰く、「『聖王は樂を為さず』と。昔、諸侯は聴治に倦めば、鍾鼔の樂に息い、士大夫は聴治に倦めば、竽瑟の樂に息い、農夫は春に耕し夏に耘り、秋に斂め冬に蔵むれば、聆缶の樂に息う。今、夫子は『聖王は樂を為さず』と曰う。此れ之を譬うるに猶お馬駕して稅かず、弓張りて弛めざるがごとし。乃ち血氣有る者の至る能わざる所に非ざる無からんや」と。子墨子曰く、「昔者、堯舜に《第期》なる者有り、且つ以て禮と為し、且つ以て樂と為す。湯、桀を大水に放ち、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。自ら樂を作り、命じて《九招》と曰う。武王、殷に勝ち紂を殺し、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。先王の樂に因り、又た自ら樂を作り、命じて《象》と曰う。周の成王は先王の樂に因り、命じて《騶虞》と曰う。周の成王の天下を治むるや、武王に若かず。武王の天下を治むるや、成湯に若かず。成湯の天下を治むるや、堯舜に若かず。故に其の樂の逾いよ繁き者は、其の治、逾いよ寡し。此れより之を觀れば、樂は天下を治むる所以に非ざるなり」と。
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『十善法語』巻第四・不妄語戒左伝ニ。八音ヲ節ニシテ八風ヲ行フトアリ。書経ニ。夔カ石ヲ拊擊スレハ。百獣率ヰ舞トアル。毗奈耶雑事ニ。緊那羅女ヨリ伝ヘシ箜篌ノ第一絃ヲ奏スルトキ。船舶破砕シ。商人悉ク漂没ストアル。又史記ニ。晋ノ平公音ヲ好ム。師曠カ黄帝合鬼神ノ楽ヲ奏ス。晋ノ国三年旱スト有ル。殷ノ紂王カ靡靡ノ楽ヲ作ル。是ニ由テ国ヲ亡スト云コトシヤ。此等ヲモ虚言トハカリ云レヌシヤ。近代書生ノ類カ大言ヲ好テ古人ヲ排シ。此般ノ事ヲ疑フハ。古ヲ信スルコトノナキト云ヘシ。孔子モ信シテ古ヲ好ムトアル。古ヲハ信スヘキコトシヤ。
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論語・八佾篇子、魯の太師に楽を語りて曰く、『楽は其れ知る可し。始め作せば翕(きゅう)の如く、之れに従えば純の如く、繹(えき)の如くして以て成る。』
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『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・アルカディアの音楽却つて是れ、噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビオスの伝ふる所によれば、往古アルカディアに於ては、其厳慄なる風土の、峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は、彼の荒涼なるアルカディア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、ひとへに此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは、わずかに其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るままを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、咎無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒如上且ツ糸竹管絃ヲ以テ誠ノ楽ニ比対シテ。其及フ所其及フ所ナラヌト云。元来道ニ高下ナシ。法ハ麁細ヲ絶スルナレハ。此糸竹管絃ヲ棄ヨト云デハナイ。是糸竹管絃モ古ノ聖賢ノ道ヲ寓スル器シヤ。黄帝ノ伶倫ニ命シテ六律六呂ヲ定メシト云。虚誕ニテモアルマシキソ。密教ノ中ニ。嬉鬘歌舞ノ菩薩アル。皆盧舎那ノ妙智印ト云。其跡ヨリ云ハ。総シテ聖賢ヲ除テ外ハ。皆気質ニ偏ナル所アルト云コトシヤ。此偏ヲ解クハ。楽ヲ第一トス。此形アレハ此声アル。此声アレハ此感アル。声韻ノ物ヲ感スルハ。至テ親シキモノシヤ。古ニ雅頌ノ音理リテ民正シク。噪□ノ声興テ士奮ヒ。鄭衛ノ曲動テ心淫ストアル。五声ヲ調テ過不及ノ気質ヲ等クス。宗廟朝廷ノ威儀進退ヲ称ハシメ。上下ノ情ヲ和スル。擴メテ云ハハ。此楽ニ由テ政治ヲ輔佐シ。陰陽五行ヲ調和スルモ。アルベキ理ゾ。孔子モ韶ヲ聞テ三月肉ノ味ヲ知ラストアル。仏法ノ中ニモ。馬鳴菩薩ガ和羅伎ヲ制ス。世人此声韻ニ感シテ苦空無我ヲ覚リ。無漏道ノ因縁ニ成シトアル。此等ニ由テ見レハ。舞楽声韻ノ中ニ。聖賢ノ地位ニモ至ルベキシヤ。