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酔古堂剣掃 / 集法・無累の神、有道の器

以無累之神,合有道之器,宮商暫離,不可得已。

書き下し

無累の神を以て、有道の器に合はすれば、宮商暫くも離るること、得べからざるのみ。

現代語訳

何ものにもわずらわされない心で、道を宿した楽器に向かえば、宮や商の音、つまり音楽から、しばらくでも離れることはできなくなるのです。

解説

琴を弾く心構えを語った一則と読めます。無累之神は俗事や欲にわずらわされていない澄んだ精神、有道之器は道を体現した器物で、古来、君子の楽器とされた琴を指すと考えられます。宮と商は五音の二つで、ここでは音楽そのものを言います。澄んだ心と良い楽器が出会えば、音楽と一体になって離れがたくなる、という意味です。中国の文人にとって琴は、人に聞かせる芸というより、自分の心を整える修養の道具でした。心が乱れていれば、どんなに良い器もその力を発揮しません。仕事の道具でも趣味の道具でも、それを手に取る前に、まず自分の心を静めることが、道具と深くつきあう第一歩なのかもしれません。

この章句が説くこと

風雅音楽修身無欲

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